あたしのはなし

 ×××は生まれる前から念能力者であった。
 
 世の中には生まれつき精孔が開いているそれこそ天才がいるというが、彼女はそんな大層なものではなかった。強いて言えば×××の母親は間違いなく天才であった。本人はもう決して知りえない事実ではあるけれど。

 ×××の母親は娼婦であった。

 ある日ある晩。月のない、光化学スモッグで濁った夜。何かの塊と湿った腐敗臭の在る路地裏。精液と汗とその他諸々の酸っぱいようなツンと喉奥を突くにおいを連れて、申し訳程度に雨風のしのげる狭いばかりの寝床へ帰る途中であった。客と寝た、その帰り道、彼女は念能力者に襲われた。

 恐らくは放出系の能力者であったのだと思う。そいつから発せられた何かは彼女の腹を掻き回すように突き抜けていった。その時に彼女の精孔は抉じ開けられた。彼女は這う這うの体でその路地から逃げた。襲撃者は追っては来なかった。本来ならば彼女は精孔が抉じ開けられたせいでオーラを流し過ぎて死んでしまうはずだった。はず、だった。

 彼女は彼女も知らなかったが念使いの、それも類稀なる才能があった。とても乱暴な方法でもって抉じ開けられた精孔から溢れ出すオーラを、意識も碌々せずに体に収めてしまった。纏を誰に教えを乞うた訳でもないのにそれはもう簡単に、呼吸よりもよっぽど容易く習得してしまった。そうして彼女はその足で家路を急いだ。特別なことは特にない夜であった。

 さて彼女が襲われたその時、彼女は胎に×××を身籠っていた。彼女の腹をオーラが突き抜けていくその際に、当然のようについでのように、×××の精孔も抉じ開けられた。再度正確に事実を伝えるために主張をしておくが、×××には特別な才能は一切なかった。けれど×××の母親である彼女は違うことなく天才であった。

 母親が妊娠している最中、身籠っている母親と胎の中身の子供は臍の緒を介して物理的につながっている。母親の身体への影響はダイレクトに子供にも伝わる。果たして×××と彼女に何が起こったか。何も難しいことはない。×××は臍の緒から伝わってきた彼女の安定したオーラの流れをそのまま真似ただけである。無論×××は天才ではないから、彼女のように一度で纏を習得することは出来ずに何度かオーラ切れで死にかけはしたが、それもまた臍の緒から流れてきたオーラを取り込み何とか死ぬことだけは回避した。

 ちょうどその時、彼女は臨月であった。

 もう少し月齢が若かったならば、×××はきっとそこまで死に掛ける事も無く死にもの狂いになる事も無く、すんなりと流れていったはずだった。死んでしまっていただけだった。けれどもそんなに都合のいいことはなく、×××はしっかりと意識を持って死にたくないと、願った。そのために、およそ生まれている人間の倍以上の努力を必要としたことは特筆をしておくべきであろう。

 また彼女は、臨月であったが腹が目立たない体質であった。そもそも妊娠自体に気が付いていなかった。

 もし彼女が妊娠に気が付いていたとしても、それはそれでもうそれ以上妊娠をすることがないからと客をとっていたであろう。彼女には金がなかったから、子供を堕ろすことはしなかった。飯のタネにもならない子供を育てる趣味もなかったから、産んだら潰せばよかったし、別に孕んでいる間に客をとって流れてしまってもよかった。どちらにしてもわざわざ堕胎手術をするよりは余程金がかからなかった。

 ×××の初めての殺人は母親であった。

 結局×××は流れることなく産まれて、母親になった彼女は産まれたばかりでまだ血塗れの×××の頭を踏み潰そうとした。果たしてこれは×××にとって何度目の死の脅威だろうか。×××は極めて冷静に、生きなければ。そう思った。生きるためには、死なないためには、ああ。これ、邪魔だなあ。母親は死んだ。

 そうして初めての殺人を終えた×××は次なる危機に直面する。

 それは眠りの恐怖であった。眠らなきゃだめよ。起きていてはいけないよ。誰かが頭の中で言うけれど、×××は眠りたくなかった。眠ったらきっと死んでしまう。それはいけない。

 生まれたかった。生まれたんだ。生まれたから。出来る事なら生きていたかった。まだ眠りたくはない。死んでしまいたくはない。

 さて、人間の根源にある性欲、食欲、睡眠欲からなる三大欲求は、残り二つが満たされていれば誤魔化すことが出来るということをご存じだろうか。

 死なないためには、死なない眠りが欲しいから、死ぬ眠りを誤魔化すしかなかった。死なないためにはどうするか。生まれたての幼児に性欲を求めるのは少々無理があるし(ただしフロイト理論に重きを置く場合はその範疇ではないが、今回は生殖行為、いわゆるセックスに関することとする)、かと言って眠るわけにはいかなかった。眠ってしまうわけにはいかない。ならば、もう。食べる事しかなかった。

 食べなくちゃ。食べたい。食べて寝たら、死なない。食べないと寝ちゃいけない。食べなければ。でも何を?ここには土と瓦礫と死体と、およそ人が食べることが出来ないものしかない。食べられるものはない。じゃあなんでも。なんでもいいから食べられるようになりたい。なんでも食べるから死なせないで。生きていたいの。

 この時、×××に能力が発現した。後に名称不明として観測される能力である。

 これが食べる能力の始まり。一人殺したらあとは大丈夫だと×××は語る。人類でも一、二を誇る最年少の(意図的な)殺人者であろう×××の言うそれは説得力が段違いであると本職の殺し屋にも思われるのだが、それはまた別の話である。

 何人死んでもあたしは生きていたい。あたしは生きてるの。生きたいの。死なないの。殺さないでね。


「ねえ。ヒソカくん」



能力名:名称不明
 どんなものでも(ただし概念などではなく物質として存在するものに限るが)食べてしまえる×××の想像した死なない身体を具現化・実現させる能力。
 コンクリート、ガラス、鉄をはじめ毒物や放射性物質などの有害物質でも摂食し、栄養として吸収することが可能。(ただし薬物などは直接摂食すると若干ではあるが副作用が伴い眠ってしまう)。
 この能力はオーラが体外に少しでも漏れ出していれば強制発動する。
 能力発動中は何か物を食べ続けなくてはいけない。
 ×××が睡眠する際には強制的に絶になる。
 睡眠時間以上に絶を行うことが出来る上限時間は30分。
 30分経つと絶は解け、強制的に能力が発動し、何か食べなくてはならない。
 念能力そのものや念能力で作られたものは食べることが出来ない(念能力者自体や念を帯びた物質は食べることが出来る)。
 また、この能力では外傷や経口摂取以外での毒物、体内に入り込んで発動する念能力による致死はカバーすることが出来ない。




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