--1* ドラコは父親がアズカバンに収監されて以来、様子がおかしい。 なにかこそこそしている。 こんなことは今までなかった。 ドラコは、あたしのことをゴミ箱扱いしてポッターの悪口を聞かせるぐらいにはあたしに心を開いていたはずだった。 * 「ついてくるな、エミリー」 「あんたがなにをしようとしてるか教えてくれない?」 スリザリン寮を出て、どこかに行こうとしているドラコにやっと追いつく。 あたしがついて来ていることに気付いたドラコは目に見えて嫌そうにした。 どういうことだろう。 こんな目で見られたことは今までない。 「ねえ、」 思わず先を行くドラコの腕を掴むと、ドラコは飛び上がって、振り向き、あたしを威嚇した。 本当に、どういうことだろう。 しきりに腕を気にしているのに嫌な予感がして、ドラコの腕を引っ掴んでローブとシャツをまくりあげる。 ドラコはかなり抵抗したけど、あたしも引く気はなかったからなんとかやり遂げた。 そして――。 「これ、なに」 声が震える。 幼馴染の、弟のようにいつもそばにいたドラコのその腕に――。 「言わなくてもわかるだろう」 ドラコは自分の左腕をさすってあたしを横目で見た。 瞬間、あたしはドラコの横っつらを張った。 「馬鹿なことして!」 ドラコの左腕に刻まれていたのは闇の印だ。 伯父の腕に刻まれているのを知っている。 ドラコが彼の父親同様、死喰い人になった証だった。 「なにする――」 「あんたは!」 衝撃で寝転んだドラコに馬乗りになったあたしを、ドラコが押しのけることはなかった。 もう六年生になって、身長も随分違う。 あたしより小さかった、鼻たれの小さな男の子じゃない。 だから、弾き飛ばそうとすればそう出来たはずのドラコがそうしなかったのに、あたしはとりあえず安堵した。 まだ、間に合う気がする。 「パパと同じ道を進む気!?」 「ミスター・チェンバレンと?エミリー、なにを言って――」 「違う!あたしのほんとのパパ、レギュラス・ブラックよ!」 怪訝に眉を寄せたドラコに、あたしの秘密を暴露すると、ドラコの顔つきが変わった。 「本当の父親…?」 「チェンバレン夫妻はあたしの伯父夫婦よ!養女なの!」 「そんな、今まで言わなかったじゃないか――」 「本当のこと知って、あたしを嫌いになった?」 ドラコは首を横に振った。 一応はあたしのことを大事な幼馴染だと思ってくれているらしい。 畳みかけるなら今しかない。 「…死喰い人になるっていうのはね、人殺しも厭わない、最低な人種に成り下がるってことなの!」 「僕は、家族を盾に取られてるんだ!」 「家族を盾に取られて、なにをさせられようとしてるの!?白状するまでどかないからね!」 目一杯大声で叫ぶあたしの声が静かな廊下にこだまする。 ドラコはお腹の上にあたしを乗っけたまま、神経質に辺りを見回した。 人影も物音もない。 それでも、ドラコは慎重に、低い声で返答を絞り出す。 「…父上が失敗したんだ。息子の僕がダンブルドア殺害をやり遂げれば、闇の帝王は我が一族を取り立ててくださる…」 ダンブルドアを殺す? ドラコが? 「あんたにダンブルドアが殺せるわけないでしょ…?」 「僕のことを臆病だと言いたいのなら――」 「違う!」 矛先違いの怒りの表情を向けられて、あたしはドラコを一喝した。 「人殺しなんて、ほんとに心の腐った奴にしか出来ないことだよ…。あたしの大事なドラコに、そんなこと出来るわけないでしょ…」 あたしの大事な幼馴染に、そんな非人道的なこと出来るわけない。 ドラコの上から立ち上がり、彼の手を引き助け起こす。 そしてその手を引いたまま、あたしたちは近場の小部屋に入った。 杖を振って防音の術をかける。 この会話を、誰が敵か味方かわからないホグワーツの廊下で話し続けるのは危険だ。 「エミリー?」 「…ドラコは成績がいいから、もしかしたらやりおおせるかもしれない。ダンブルドアはどうやら弱ってるみたいだし…」 新学期の宴で見た、死体のように変色した校長の右腕。 相当な年なのにつやつやと輝いていた校長の顔には、以前のような輝きがない。 彼には死が迫っているのかもしれない。 ドラコは腹立たしいことに、あたしの言葉を聞いて満足そうに頷いた。 完璧になにかを勘違いしている。 ここ数カ月でどんどん痩せてしまったドラコのこけた頬に、母親に褒められて嬉しそうにする子どもの笑顔が重なる。 この馬鹿が…! 「でもね!ダンブルドア殺害を上手くやりおおせたとしても、それを後悔する日が絶対絶対来るから!」 ドラコが顔色を変えた。 苛立ち紛れなのか、眉をかすかにつり、あたしを見下ろしている。 あたしは、絶対怯まない。 「闇の帝王になにを期待してるの?なにかあったら自分や家族や、大事な人の命をもって贖えと言う、ドラコを一生脅かしていく存在にかしずいて生きていくの?」 ドラコはまた表情を変えた。 そんなこと、身に染みて分かっていると言いたげな顔だ。 ドラコは今、父親と母親を盾に取られている。 その顔を見ると、もう泣き出してしまいたくなるほど胸が痛む。 だけど。 「ドラコのほんとは優しいところも、いろんないいところも、全部ひた隠しにして生きていくの?それで、あんた幸せになれるの?ねえ!」 「幸せになんてなれるわけないだろう!でも、悠長に語るときは過ぎたんだ!もう僕は巻き込まれてる…!」 苦しそうに吐き出したドラコにほっとする。 まだ、ちゃんと、あたしの幼馴染のドラコだ。 心が腐った死喰い人じゃない。 ドラコが進もうとしている道は決して彼自身を幸せにしてはくれないと気付いてくれている。 ← | top | → |