恋する乙女
「自分の寮の寮監をつかまえてこんなこと言うのは気が引けるけど、いったいどこがいいの…?」


今日もうっとりとスネイプを眺めるエミリー・チェンバレンに、パンジー・パーキンソンがこそこそ尋ねた。
朝食の席、少し離れた教職員席でもそもそと食事するセブルス・スネイプを見つめるエミリーの目は尋常ではない。


パンジーを一瞥して、物憂げにため息をついたエミリーは人差し指を左右に振る。


「わかっていないのね、パンジー。どこがなんて挙げきらないわ。本当に全て。見て、あのつやつや光る黒い御髪、凛々しい目元、日焼け知らずの白い肌、慎ましくお食事なさるあの姿…」


会話の内容に気付いたドラコ・マルフォイなどの男子生徒の集団は、もう、うわあみたいな顔でことの成り行きを見守っているし、少し離れたところに座っていたミリセント・ブルストロードとダフネ・グリーングラスは、エミリーに聞こえないようにこっそりと『言い方次第よね』などと語り合って肩をすくめた。


「魔法薬を扱うときの繊細な手の動き、ミスター・ポッターの悪事を見抜く鋭い洞察力。少しはスリザリンの生徒に甘いところがあるけれど、それはどこの寮監の先生もそうだもの。マクゴナガル先生すら、ミスター・ポッターに箒を与えたわ。それに――」
「ストップ、ストップ!もういいわ…」


周囲の視線に気付かないエミリーが更に寮監の美点を挙げ連ねようとしたとき、パンジーがげんなり顔で止めに入った。
聞いた自分が馬鹿だったと言わんばかりの顔をしている。


エミリー・チェンバレンはスリザリン寮きっての美人と評判の三年生だ。
純血の家に生まれ、その美貌と浮世離れした口調から『スリザリンのお姫さま』と呼ばれている。
その彼女が入学当初から恋心をささげるのがスリザリンの寮監であるセブルス・スネイプその人だった。


言い方次第とはその通りである。
スリザリン生にとって、天敵のグリフィンドール生を理不尽でもやりこめるスネイプは尊敬すべき人物だったが、彼をぱっと見て、この美しい少女が恋する相手にふさわしいかと問われれば大きな疑問が残る。
スネイプのべたついた髪も、人を委縮させる険しい目つきも、白を通り越してほとんど土気色の具合の悪そうな顔色も、見ていて心配になるほどの小食ぶりも。
その全てが、エミリーの何重ものフィルターにかかれば美点になってしまうらしかった。


「そうそう、来週末またホグズミード休暇よ」
「本当!?」


パンジーは話題を変えようとホグズミード休暇のことをエミリーに話したことを後悔した。
そういえば、彼女は――。



*



「スネイプ先生!」


スネイプは玄関ホールで駆け寄ってきた自分の寮の生徒を見て、げんなりした顔で一歩後ずさった。
そんなことには少しも気付かないエミリーが更に一歩踏み出してスネイプとの距離を縮めたので、覚悟を決めてその少女を見下ろす。
そういえば、三年生はこの時間戸外で行われる『魔法生物飼育学』に移動するためここを通るということを思い出す。
それから、浅はかな自分自身を呪った。


「…ミス・チェンバレン。どうかしたのかね、我輩は今少々急いでおり――」
「次のホグズミード休暇こそ、わたくしといかがです?先日は断られてしまいましたけど、わたくし、素敵な喫茶店を見つけましたの!先生もきっと気に入られることだと――」


ホグズミード休暇の日程が掲示されたときから、エミリーを避け続けていたというのに、ルーピンの元に脱狼薬を届けねばといらいらして彼女にばったり出くわす可能性を失念していた。


エミリー・チェンバレンはどういうわけか、スネイプに過剰な好意を抱く生徒だ。
最初の一年は教師に対するからかいか、寮生活でホームシックになり父親への感情のようなものをぶつけられているのだろうと軽く考えていた。
だが、次の一年でも視線の熱さが変わらずに、ロックハートの取り仕切ったバレンタインには彼女自身が煎じた『愛の妙薬』もどきをささげられて、のけぞるほど驚いた。
そして今年、エミリーは初めてのホグズミード休暇にスネイプを誘いに来るという常人には理解不能な行動に出た。
一般的な生徒は、教師をデートに誘うなどということは絶対にしない。
スネイプが、エミリーに男として好かれているかもしれないという疑惑を自惚れではないと確信した瞬間だ。


その種の感情を向けられることに慣れないスネイプには、エミリーの存在が恐怖ですらある。


「…ミス・チェンバレン、教師が生徒と一対一で出かけるなどということは――」
「でも、先日先生はまたの機会にと…」


瞳にうっすら涙をため、美しい顔でうるうる見上げられてスネイプはまた一歩後ずさった。
この前の誘いのとき、さっさと切り上げようと適当に返事したのがいけなかった。
スリザリン生と同じく戸外に向かうグリフィンドールの三年生も、なにごとかと視線を二人に向けている。
恥も外聞もなく地下へ逃げ帰りたい。
ただ、その行動はグリフィンドール生に『逃げまどうスネイプ』として広められてしまうだろう。
ただでさえ、ネビル・ロングボトムがボガートをスネイプに変身させたことで、スネイプは不本意なくすくす笑いにさらされている。


「先生すみません!」


声をあげて駆け寄ってきたパンジーとミリセントを見て、スネイプは心底ほっとした。


「今すぐ連れて行きますから!」


この二人は、美しい寮友のどう考えても矛先を間違い切った恋愛感情をどうにかしようと奔走する、スネイプの信頼する生徒だ。


「…頼む」


短く言ったスネイプの言葉は聞こえていないのか、エミリーはおろおろと寮友二人を見た。


「どうしたというの?わたくし、今先生と――」
「スネイプ先生はとっても急いでらっしゃるの!」
「邪魔するのはエミリーも本意じゃないでしょう?」
「…そうよね」


どうやら矛を収める気になったらしいエミリーにまたほっとして、力強いアイコンタクトではやく逃げてと告げるパンジーとミリセントに軽く頷いて、スネイプは踵を返した。
非常に、非常に不本意だが、マクゴナガルに頼んでエミリー・チェンバレンの指導をしてもらったほうがいいかもしれない。
生徒が教師を必要以上に慕うのは学校にとってもスキャンダルだ。


「ではスネイプ先生、また後ほど!昼食後の魔法薬学の授業でお会いしましょう!」


ちらと振りかえるとエミリーは美しい顔に似合いの穏やかな笑みでスネイプを見送っていた。
しまった、問題はなにも解決していない。
午後の魔法薬学でエミリーに会いたくないと、スネイプは頭を抱えてうずくまりたくなったがそのまま前を向いて歩き続けた。


あんなむき出しの好意を向けられるのに慣れていないせいで、彼女をむげに扱えない。
そんなスネイプにとってエミリー・チェンバレンの存在はやっかい以外のなにものでもない。
ただ、少しだけ感慨にもふけるのは。


彼女のように学生時代に振舞えていたなら、自分は今もっと幸せに過ごせていたかもしれない。



*****
たじたじなスネイプ先生書いてみました.
これ以上発展しそうにない…




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