謎のプリンス 本気の嘘*01 悠莉が自分の人生を賭けてやり遂げると決めたことを実現するには、不死鳥の騎士団のメンバーに『ユーリ・アシハラは敵に回った』と認識されなければならない。 今、この場でデスイーターたちに捕縛されホグワーツを連れ出されるわけにはいかないのだ。 どうにか切り抜けなければ。 悠莉は屋上にいる面々を見回した。 険しい表情で悠莉を見つめた後、マルフォイに視線を移すスネイプ。 うずくまるマルフォイ。 兄妹と思しきデスイーターの二人は興奮した様子でなにかを囁き合っている。 (う…) その視線に気づいてしまって呻きそうになった。 グレイバックとリーダー格らしきデスイーターの二人は真っすぐ悠莉だけを見ている。 確実に自分を狙っている。 「近づかないで」 様々なことを思いめぐらせながら発した言葉は緊張から来る震えた声だった。 一般に『弱々しい』という印象を与えるものだろう。 「ここから飛び降りることも出来るの、本気だから!」 後ろ手に屋上の手すりを握りしめ声を張り上げる。 グレイバックが鼻で笑ったのが見えたが、悠莉にとって幸運はこの場にスネイプがいたことだ。 「退却だ、急げ」 「孫娘は?」 スネイプがマルフォイを立ち上がらせながら言うとデスイーターがすぐさま問うた。 「放っておけ」 「正気か?『孫娘を捕らえよ』という闇の帝王のご命令を無視するなど――」 「今夜は諦めろ」 その応酬に割って入ったのがグレイバックだ。 「ツダとダンブルドアを殺ってようやく巡ってきた機会だろうが。今なら下の奴らも混乱してる」 「当人が知ってしまっているのが問題だ。ツダが死んだと誰が話した?」 スネイプはマルフォイを階段のほうへ押しやりながら背後のデスイーターたちに凄む。 母親の死を悠莉に話したのはマルフォイだ。 これはスネイプも知っている。 ただ、スネイプは彼が悠莉に与えた助言を守って行動していたと信じているのだろう。 『今は大げさに騒ぎ立てることは出来ない。きみが母親の死に勘付いたのは、呪いが解けたからだ。「なんの呪いか?」「なぜ彼女はきみに呪いをかけたか?」――これらを詮索されるのは、きっと彼女の遺志を無碍にする。きみが彼女の遺志を継ぐのなら、呪われた身であることは隠し通すべきだ…』 そう、他の思惑もあれど──呪いで見た目を偽っていることが露呈しないよう、悠莉が母親の死を確信していないように振る舞っていることを。 「あたしだけど、それがなんだっていうんだい」 アミカスが挑むように言うと、スネイプはこれみよがしなため息をついた。 「どうせ本人も薄々勘づいてただろうよ。半年も連絡が取れないんだ。こんなに痩せちゃってさ──」 「疑念と確信では大違いだ」 スネイプは早口で続ける。 「母親が自分を必ず助けに来ると信じさせておけば大人しくもしていただろうが、我らは彼女が納得するのを待たねばならなくなった」 「『納得』?」 「…魔法界に居場所がないと納得すればアシハラは自ら闇の帝王のもとへ来る」 「悠長な!」 「あの様子を見ろ!」 言い争っていたデスイーターたちが一斉に振り返ったので悠莉はのけぞるようにしてデスイーターたちから逃れようとしているように見えるようにした。 「無理に連れ出して自殺でもされてみろ──闇の帝王は『生け捕り』をご所望だ──命令違反の我らはどうなる──アシハラには服従の呪文が効かないのだぞ」 スネイプの唸るような低い声が誰も言葉を発しない場に染みわたっていく。 「わかったなら早くしろ」 スネイプは今度こそマルフォイを伴い階下へ消え、不承不承といった様子のデスイーターたちがだらだらとあとに続いた。 しかし、居残る人物が一人。 (…え) 悠莉は困惑した。 リーダー格らしきデスイーターがゆっくりとした足取りで悠莉に近付いてくる。 「『生かして捕らえよ』と命じられただけだ――御前にお連れしてその後になにがあろうと俺の知ったことではない」 自分を見るその目に不穏な気配を察知し、悠莉が杖を抜こうとしたそのときだ。 「ペトリフィカス トタルス!」 「えっ、」 聞きなれた声が発した呪文で、デスイーターが蝋人形のように硬直して倒れた。 すぐそばに透明マントを脱ぎ捨てたハリーが現れ、悠莉はぎくりとした。 (見てたの?ずっと…!) ハリーはダンブルドアと行動を共にしていた。 悠莉が辿りつく前からこの屋上にいて、ダンブルドアが彼を守ろうとなんらかの呪文を使っていたに違いない。 呆然とする悠莉に声すらかけずにハリーはデスイーターをまたいで階段を駆け下りていく。 悠莉は震える手で額を抑え、俯いた。 (スネイプ先生がダンブルドア先生を殺すところを見ていた…!) 悠莉が一瞬だけとらえたハリーの横顔は――憎しみに満ちたグリーンの瞳は、真っすぐスネイプの去った先を見ていた。 ← | top | しおりを挟む | → |