番外編 03「ハーマイオニー…」 「泣いてないわよ」 滲む涙をシャツの袖口で強引に拭う。 「泣いたりなんかするもんですか。今夜はマクラーゲンにエスコートされてパーティーに行くのよ。誰にもわたしのことをみじめな女なんて思わせない」 ロンにも、ラベンダーにも、パーバティにも。 わたしを嘲ったあの人たちに、弱みなんか絶対に見せたくない。 しかし、後ろから追ってくるユーリはおずおずした口調でわたしに語りかけている。 「ミスター・マクラーゲンと一緒にパーティーを楽しむなら、それはとってもいいことだと思うよ。でも――ハーマイオニーのはなんか違う…」 (違う?) 「ロンもラベンダーもパーバティもさっきの授業中の態度はひどかったけど、それはハーマイオニーがあからさまにロンを馬鹿にして笑ったせいでもあるんだよ。あんな風にロンを攻撃しても、いいことはなにもないよ…。そういうことにエネルギー使うの、すごくもったいないと思う――」 (わたしのせいだって言うの?) 歩くのをやめた。 背後で、ユーリも立ち止まった気配を感じた。 彼女の言葉は正論なのだろう。 「ユーリはいつも正しい」 しかし、それでも。 「あなたならそう出来るわね。…どうでもいい人になにか言われても、平然としていられる。あなたが誰の孫かってことが世間に知れ渡って、わたし心配したの。ユーリはもう学校に戻りたくないって思うんじゃないかって…」 振り返って、彼女を見る。 ユーリは困惑が強い表情でわたしを見つめかえしている。 「でも、ユーリはずっと今まで通り。陰口叩かれるのも、他人からよく思われないのも仕方がないことだって思ってる。事実は事実だからって。あなたのことはみんな好きだわ――人のいいところを見つけるのが得意で、優しいもの」 『その子に当たるのはやめなさい』 頭の中の誰かを、わたしは無視した。 止まらない。 口から、言葉がどんどんあふれていく。 「わたし、ユーリのこと一番の友だちだって思ってた。きっとわたしの気持ちを一番理解してくれるのはあなただって」 ユーリはわたしのその言葉ではっとした顔をした。 「ラベンダーがわたしを馬鹿にして笑うのはよくて、わたしがロンを馬鹿にして笑うのはいけないこと?ラベンダーはあなたにとってどうでもいい人だから、あの人のとんでもなく嫌味なところはどうしようもない人だって思って無視できるの?」 『いつか、わかってくれるはずだよ。わたし、ラベンダーのこと好きだもん』 あの日の、ユーリの横顔を嫌でも思い出してしまう。 「…違うわね、あなたラベンダーのことも好きだもの」 言い切って、ユーリを見るのをやめる。 「…わたし、あなたみたいに生まれてきたかった」 その場を立ち去るわたしを、ユーリはもう追ってこなかった。 * わたしたちがお互いに対して抱えていた秘密は、どんどん増えていった。 わたしにはあなたに話せないことが多かったし、あなたもわたしに話してくれないことがたくさんあった。 (ユーリの一番の友だちになりたかった…) そうはなれないのかしら。 それとも、まだチャンスはある? このもやもやは、いつか時間が解決してくれる? * 「ああ、おはよう」 「おはよう」 寝室から出ていこうとしたところで、ちょうどユーリが目覚めた。 クリスマス休暇初日だ。 彼女を一人ホグワーツに残して――皆、各々の家へ帰っていく。 「あの、ラベンダーたちとなにかあった?あの人たち、ユーリを起こさないように気を遣って出ていったみたいだけど」 「…ちょっとね」 ユーリはやっぱり、わたしに言わないことがたくさんある。 「気をつけたほうがいいわよ…」 「なにを?」 「マルフォイとのこと。多分噂になるわ」 「ああ、それ。大丈夫だよ」 ユーリは達観した様子だ。 「パーティーにいた生徒はそんなに多くはないし、わたしとあの人が『またいとこ』だっていうのは本当だもん」 「…捨て身過ぎない?」 ユーリは少し黙り込んで、小さく返してきた。 「そうかな」 「ユーリ、マルフォイのことが可哀想だって思ってしまったんでしょう?」 「えっ…?違うよ、晒しあげられて自暴自棄になられたらまずいと思っただけ。わたしとハリーがマルフォイのこと怪しいって思ってたのは知ってるよね?」 「知ってるけど――ユーリらしくないわよ…。あなた、嫌いな人のことは視界に入れずに過ごせる人じゃない。マルフォイがどんな人かわかってるでしょう?あんな、助けるようなことをわざわざしなくてもよかったのに」 少し責めるような調子になってしまったわたしの言葉を、ユーリは黙ってかみ砕いているかのようだった。 そして、彼女は情けない顔でわたしを見つめ返す。 「…わたし、八方美人の嫌な人間だね」 「そこまで言ってない」 ぎょっとして言い返すと、ユーリは弱々しく笑ってわたしを寝室から送り出した。 * 少し時間を置けば――わたしたちはきっと元通りになれるはず。 今までもそうだった。 きっと、これからもそうに違いない。 しかし、それはわたしの願望に過ぎないものだったようだ。 年が明け、ホグワーツに帰還し――顔を合わせたユーリは。 今までとは全く違う雰囲気をまとった女の子へと豹変していた。 ← | top | しおりを挟む | → |