番外編
02
ユーリと一緒に過ごしていく日々の中で、気づいていったこと。


(この子、多分――天使かなにかなんだわ)


わたしの目には、ユーリが本当にきらきら輝いて見える。
最初は正直に言って、ユーリのことがあまり好きじゃなかった。
偽善者だと思ったから。
でも、彼女はいつでも優しかった。
正しくて、強い女の子だった。


(あなたの、一番の友だちになりたい)


そう、強く強く思う。
彼女のきらきらの笑顔を見つめていると、本当にそう思う。


*


ロンの妹、ジニー・ウィーズリーにあるアドバイスを与えた。
彼女は憧れの男の子、ハリー・ポッターを意識するあまり、彼と会話することもままならないのだ。


『他の男の子にも目を向けて、ハリーを意識しすぎるのをやめてみたらどうかしら』


ジニーはこの助言を受けて、寮外にボーイフレンドを作ったらしい。
グリモールド・プレイスで過ごす夏休暇の間に、ハリーとジニーは本当に打ち解けたと思う。
しかし――ここのところ、ユーリの様子がおかしい。
それはまるで、ヒーローに話しかけられなかったジニーと、ユーリの性質が入れ替わったかのようだった。
彼女は自らハリーに話しかけもしなければ、決して二人きりにはならないように慎重に行動しているように見える。
わたしは少し考えてみる。


(まさか)


ユーリ・アシハラがハリー・ポッターに恋をしている?
そんなことはないだろうと思いながらも――彼女の行動は、わたしにはそうとしか見えなかった。
聞いてみるべきか。
そう考えて、内心で首を振る。


(ユーリはきっとわたしには言わない)


彼女は内で抱え込むことが多い女の子だ。
その性質は『口が堅い』として、マクゴナガルのような教職員からも信頼を得ている。
そもそも、彼女自身が彼女の『恋』に気がついていない可能性すらある。
ダンスパーティーの前に起こったあれこれで、彼女はその分野を『自分には向いていない』と弱々しく告白していた。


もし、彼女にハリーへの恋の確信があったとしても――。


(わたし以外の誰に対しても言わないだろうっていうのが、心の救いね…)


*


「いつか、わかってくれるはずだよ。わたし、ラベンダーのこと好きだもん」


ユーリが言った。
わたしはとてもそれに賛同する気にはならなかった。
心の中で、ゆらゆらと沸き立つ思いがある。


(わたしのほうが、もっとずっとあなたのこと好きよ)


でも、自分の中の誰かがわたしを嘲ってる。


『ラベンダーと張り合ってどうするの?ユーリはみんなを平等に好きなのよ』


(…わかってる)


いつかやってくるはずの、ラベンダー・ブラウンとの和解を確信しているユーリを見つめているのは、どこかつらかった。


*


ユーリがヴォルデモート卿の孫娘であることが公になってしまったホグワーツでは、彼女のことを見てひそひそ話をする生徒が実に多い。
学期初めのルーン文字学の授業でもそうだ。


「前を向いてなさいよ」


わたしがいらいらと言うのを聞いて、ユーリは困った顔をしている。


「アシハラ、休暇はどうだった?」


その男の子が口にしたのがなにげない、普通の会話で――わたしも驚いたし、ユーリも驚いたようだ。
彼女は血筋の事情で自分が遠巻きにされるのも嫌われてしまうのも仕方がないことだと達観した様子で語っていたから。
最後に穏やかに笑って、レイブンクローの男子生徒はわたしたちから離れていった。


「あの人、確か去年ダンスパーティーのお誘いにきたっていうテリー・ブートよね?グリフィンドールの防衛術のクラスでのことを噂で聞いてるのに、ユーリに話しかけてくるってことは――」


(あなたに好意を持ってるんだわ)


ユーリは周りに比べると幼い容姿をしていて、男の子たちの恋愛対象には上がりにくい女の子らしい。
その彼女に好意を持っているらしいブートは間違いなく見る目のある男の子だ。
しかしわたしのセリフの続きは、ユーリの言葉に遮られた。


「信じてくれてるんじゃないかな、ハリーやダンブルドア先生の言い分を」


ユーリのにこにこ顔に、少しあきれる。


(信じているのはハリーや校長じゃなくて、あなたのことでしょう…)


本当に自己評価の低い女の子だ。
でも、それこそが彼女のいいところなのかもしれない。


*


「おーい、ユーリ!」
「ちょっと来いよ!」


ロンの双子のお兄さんたちが遠くでそう声を張った。
あの人たちのことは、はっきり言って好きじゃない。
ロンの兄弟じゃなかったら絶対に近づきたくない人種だ。


「あなたたち!」


あの双子が今までユーリにやらかしてきたことを考えれば。
そして――この夏リーザのことを見ていれば。


「ユーリに妙なことするつもりじゃないでしょうね?」


(ホグワーツでリーザの代わりになれるのはわたしだけだわ!)


わたしが立ち上がって彼らに向かっていくと、向こうもそうした。
三人の間でばちばち火花が散る。


「ハーマイオニー、我らはきみの知りえないところで友情を育んできた、言わば同士だ。いくらユーリの親友とは言え、ちゃんと友情を育んでいる間に土足で踏み込むのはやりすぎだ」
「ユーリのものの見方を尊重しないとな。こいつは文句一つ言えない臆病なちびちゃんじゃないんだぜ」


(ユーリの意志を尊重する?)


正論めいたことをばしっと言われて、怒りがめらめら燃える。


「ユーリのことをちびちびって言ってるのはあなたたちでしょ!」


最後にからから笑って、双子がユーリの手を引っ張って談話室から連れだそうとしている。
ユーリは引っ張られながら、わたしに『あとでね』と口で合図した。


*


「ユーリ、大丈夫だった?」
「ハーマイオニー…」


ユーリが女子寮に帰ってきて、いの一番にそう聞いた。
彼女はものすごく困った顔をして、ぽつぽつ語り出す。


「母はね、多分わたしのこと、絶対に守ってあげなきゃいけない小さな子だって思ってる。でも、わたし小さい子扱いされるのはイヤなんだ」


(嫌?)


「身長がこんなだから、見た目でちびとか言われるのはもう慣れてきたし受け入れようと思うけど、精神的に小さい子扱いされて、守ってあげなきゃって思われるのはイヤ。自分のことを自分で解決出来ないのは、とってもよくないことでしょ?」


(…わたしが鬱陶しいってこと?)


ショックを受けて黙り込む。
守ってあげたいと思った。
彼女を子ども扱いしてのことではない。
でも、きっとそれも彼女にとっては『鬱陶しい』のだろうとようやく気づいた。
ユーリがなにか話しているけど――脳をすり抜けていく。


「わたし自身はあの二人がしてくること、あんまり気にしてないから――ハーマイオニーも気にせずににこにこしていてくれたほうがいいなあ…」


自分を見つめ続けているユーリの視線に耐えきれなくなって、自分の手を見る。
ユーリの小さな手が、わたしの手を包んでいる。


「あなたがそう言うなら――ユーリは優しい人だし、争いごとも好きじゃないものね。…でもね、あの二人がよからぬことをしているときには、わたしはっきりそう言うわよ」


ゆっくり彼女の手を自分の手からはがして立ち上がる。
寝ようと思う。
このごちゃごちゃの頭を、睡眠が解決してくれますように。


「ハーマイオニー、わたしの代わりに怒ってくれて、嬉しかったよ」


ユーリの声が追いかけてくる。
ベッドに入って手だけでそれに応じて、眠ろうと思ったときユーリの言葉が続いた。


「わたし、ハーマイオニーがいるから優しくなれるんだと思う。…ありがとう」


(違う)


起きあがって、ユーリに駆け寄って、彼女を力一杯抱きしめた。


(あなたが優しい人だから、代わりに怒ってあげなきゃって思うのよ…!)


ほとんどみんながそう思っているはずだ。
彼女が優しい女の子でいられるのは、周囲が先回りして怒っているからではない。
彼女が優しくて、自分の評価に頓着しない女の子だからこそ、代わりに怒りたいと思うのだ。


(鬱陶しいわけじゃないのよね?わたし、これからも――)


あなたの代わりに怒っていいのよね?
そんなことを思っているうちに、いつの間にか寝ていた。
朝起きて、ユーリの顔を見て――少し気恥ずかしかった。




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