BELLE STORY+ 02莉沙は少し考え込んで、おずおず切り出した。 「言い訳をさせてもらえる…?…わたしが自分の血筋の事実を知ったのは七年生のイースター休暇だった。その写真を撮ったのより、あとよ。わたしの父がデスイーターの手にかかって、ようやくわたしは真実を知った。母もそれからすぐ殺されてしまったわ」 あいつを自分の父と呼ぶ気はない。 莉沙にとって、日本人マグルのあの男性こそが父親だ。 生物学的な父親のことは、名を呼ぶのも虫唾が走る。 ハリーは莉沙を見て気の毒そうにした。 それでも、莉沙はそのまま続ける。 「わたしは、娘に血筋の事実を明かさず育ててきた。もう少し大人になって、いろいろなことを受け止められるようになってから明かすつもりだったの。わたしの両親がそうしてくれていたように。あいつと血縁関係があるなんて、耐え切れない。そういう思いを引きずってホグワーツで学校生活を送るのが、本当に苦行だとわかっていた。あいつは多くの人を殺しているから――」 そこで莉沙はため息をついた。 「…わたしも娘も、最悪のタイミングで事実を知ることになってしまったけど」 確かにそうだろうとハリーは思う。 友人が、彼女の祖父が誰たるかを知っていれば、自分と友情を育む前に遠巻きにされていたかもしれない。 彼女は心優しい女の子だ。 「校長室で娘に言ったの。『マグルの世界に帰ろう』って。色々なことを知ってしまった娘にとって、魔法界での生活が苦難の道のりになるだろうというのがわかっていたから。でも、あの子は逃げたくないって。逃げても幸せになんかなれないからって」 あの晩、首を横に振る彼女に、この人は泣き出した。 あのときの外国語の――日本語の会話がそうなのだろうとハリーは思う。 「…わたしは逃げたわ。卒業して、ダンブルドアの忠誠術に守られた日本の生家へ。あいつに殺されるかもしれない人を置き去りに、自分だけ安全な立場へ。…卑怯者よ。あいつがいつかは魔法界に帰ってくる存在だって、知っていたというのにね」 莉沙は恥じ入って言った。 本音をここまで晒すのは初めてのことで、ルーピンもブラックも莉沙を凝視しながら、静かに話を聞いている。 「今こそ立ち向かうときだと、ようやく思うの。だから、わたしのことは味方だと思ってくれると嬉しい…」 「おいおい、ユーリの母ちゃんまで敵だったら世の中にハリーの味方はほとんどいないことになるぜ」 重苦しい空気をどうにかしようと思ったのか、ブラックが軽い口調で笑いながら言った。 ハリーもはにかんで笑っているのを見て、莉沙は眉を下げて口元だけに笑みを浮かべる。 「それもそうね。…でも最後に一つ。ハリー、本当にごめんなさい」 莉沙はハリーに対して深々と頭を下げたあと続けた。 「学年末にあなた一人を矢面に立たせることになってしまった。あなたもつらい立場なのに、申し訳ないことをしたわ…。娘の事情が特別重いと思ったの。あいつの血縁者であるわたしの娘が復活の場に居合わせたと知れたら――血裔による復活の儀式が行われたのだと察する魔法使いが必ず出てくる」 か細い声で弁明する莉沙を、面々が痛ましげに見つめている。 「あいつの血縁者だということは新聞の記事で暴露されてしまっているけど、あの場に娘が居合わせたという事実が公になっていないことが唯一の救いよ。知れ渡っていたら、娘に対する誹謗中傷の嵐が巻き起こっていたに違いないもの」 「謝ってもらわなくてもいいです」 ハリーは慌てて言った。 「そういう理屈だったというのは知らなかったけど、僕も彼女のことを大っぴらにしないのは正解だと思っていました」 「…ありがとう、ハリー」 莉沙は感謝した。 自分の娘がこの四年の間に、どれだけ得がたきものを得てきたのか実感する。 莉沙は深呼吸して続けた。 「…娘には魔法界に残るか否かの決断を、早々に迫ってしまったの。わたしも、娘も、あなたには負い目がある」 ハリーには莉沙がなにを言いたいのかがわからなかった。 「母親のわたしが言うのもなんだけど――娘は本当に優しい子だから、一ヶ月色々考えて、あなたにどう接していいのか悩んでると思うの」 「僕らにそんな心配要りません」 ハリーは即座に言ったが、莉沙は続けた。 「そう言ってもらえると、娘が本当に大事な友情を育んできたんだって、嬉しくなるわ。でも、聞いて。優しさは、ときに弱さなの。娘が自分の中で決着させる問題で、わたしでも関われない。…しばらく、娘がおかしな態度でも、あなたを避けていても、大目に見てあげてくれないかしら…。娘はあなたとの友情をぶち壊したいわけじゃないの。心の整理がついていないだけなのよ」 ハリーは困惑顔でブラックとルーピンを見た。 二人とも神妙な顔つきで黙り込んでいる。 「リーザの言ってることは、僕にはよくわからないけど…」 「ごめんね」 ハリーは困惑顔のまま、それでも莉沙に小さく頷いた。 「暗い話になっちゃって、申し訳なかったわ」 莉沙はがらっと雰囲気を変え、ハリーに微笑んだ。 「夏の課題は済ませたかしら?わたしの予想では、まだだと思っているけど」 「…まだです」 ハリーは課題のことをようやく思い出したのか、苦りきった顔をしている。 「よかったわね、ハリー。ここには家庭教師もどきが大勢いるわ。ブラックが大抵を教えられると思うけど、アズカバン暮らしで頭がなまくらになってるときには――」 「うるせえ」 「わたしに声をかけてちょうだいね。わたし、O.W.Lを十二科目とも学年の最高得点でパスしたの」 不機嫌そうなブラックを見た莉沙の笑顔が一層輝いたのを見て、ハリーは困って笑うしかなかった。 * 夏休み後半戦*03と04の間、ママの根回しです。 親世代夢主は後悔の多い人生を歩んだキャラですが、リリーときちんとお別れできなかったこともその後悔のうちの一つです… ← | top | しおりを挟む | → |