番外編
04
彼女を担いで廊下を駆けたことが、過去にもある。
三年生の、ユーリとの初対面での出来事だ。
あの頃は息切れしたのに、今はそうでもないのは――自分が成長したからだけではない。
ユーリはげっそり痩せている。


「死んだ」


途端に心臓を鷲掴みにされたような感覚が襲い、フレッドは息を吐くのにも苦しむことになった。
ユーリの態度はそれとは対照的に、声は掠れていたが冷静そのものだ。


「年が明けてすぐ。あの『小さいままでいる呪い』が解けて気づいた」


ユーリは、彼女の母をヴォルデモートが仕留めたと淡々と続けた。


「ユーリ――なんでお前まで黙ってんだよ…。なんでハーマイオニーたちに言わない…。あいつら多分、お前がひどい風邪を引いてるだけだって信じてるぞ…」
「…言ってどうするの?」


彼女は秘密を抱え込みすぎるとフレッドは思う。


「そんな状況、一人で抱え込むことないだろ…!」


フレッドがユーリの肩を掴み言った言葉で、彼女の冷静さがどんどん崩れていく。


「わたしより大事なものなんてないみたいな顔してた人だったのに――」
「リーザにお前より大事なものがあったわけないだろうが!なにか考えがあったに決まって――」


手負いの獣のように苦しげに唸っている彼女にそう告げたが。


「でも、それがなんなのか全然わかんない…!」


フレッドはようやく察した。
冷静だったわけではない。
彼女は怒っていたのだ。
怒っているなどという表現では生ぬるい。
ユーリはリーザを恨んで、苦しみもがいている。


(なあ、リーザ)


いなくなった彼女の母親に思う。


(なんでこんなことになるんだよ。こいつは、あんたの『天使』だったはずだろ…)


それを、ここまで悲しませなければならない理由はなんだ。


(なんで置いていった…)


フレッドには検討もつかない。


(…クソババアが)


フレッドの頭に、ふっとそんな考えが浮かんだ。


「なにも納得できてない…。こういうやりとりするの嫌だ…」


弟とは喧嘩らしきことをしていたかもしれないが、彼女にはハーマイオニーがいたはずだ。
その親友にも、母親の死を打ち明けないのはなぜだ。
ダンブルドアに口止めされているからか。
納得できないまま、下手な慰めを与えられたくないからか。
少し考えて、フレッドは答えを得た気がした。


(ユーリは『ママ』が大好きだった)


今、フレッドが率直に思うリーザへの感想は『クソババア』だ。
ユーリのことを天使だなんだと高らかに言っていたのに、愛娘を放り出して、敵陣に単独で乗り込み――リーザは逝った。


だからこそ、彼女は周囲に母親の死を伏せているに違いない。
母親批判だけは絶対に聞きたくないのだ。
そうとしか思えない。
フレッドは、自分のリーザへの感想を軽々しく口にしなくてよかったとさえ思った。


「…秘密にしておくほうが楽なんだな?」


小さく頷いたユーリを見つめながら、フレッドは考えている。
秘密にしておきたいなら、そうさせてやろうとフレッドは思った。
フレッドは、ジョージにだけはこのことを打ち明けるが――他には決して漏らさないことを心に決める。
しかし、彼女に対して一つだけ思うことは。


(こいつは、こんな――死んでるみたいに過ごしてちゃ駄目だ)


「リーザことを思い出せ。今はきっと――『よくもこんなつらい思いを』って、恨めしく思えるんだろう。だから、思い出さなきゃいけないのは笑顔のリーザだ」


自分をとにかく睨みつけているユーリに、フレッドは懇々と言った。
ユーリは眉根を寄せ、顔をしかめてフレッドの言葉を飲み込んだあと、この日初めて涙を流す。


「…こんな風に置き去りにされたくなかった。母のこと、大好きだったのに…っ、今は――」


(憎くてたまらないんだよな…)


抱きしめてみると、彼女が本当に痩せてしまったのがわかる。
愛娘がこんな風になることは――絶対に、リーザの本意ではないはずだとフレッドは思った。
驚くべき女性だった。
なにか、隠し玉を残して逝ったはずだと――そう信じたい。


「お前にとっての『いつか』は、きっとやってくる。――俺はそう信じる」


ユーリをずっと抱きしめていたかったが、そういうわけにもいかない。
彼女は入院させられる程度の病人で、医務室では校医が鬼になってフレッドを待ち構えているはずだ。
涙でぐずぐずになってしまったユーリを抱え上げて、フレッドは医務室への道を戻る。


(なんで会いに来なかったんだろ)


遠い場所だと思い込んでいたホグワーツは、来ようと思えばこんなに簡単に来れる場所だったのに。


(弱かったんだ…。『なにか』が起こってるなんて知りたくなかった…)


廊下の向こうからジョージとジニーが走ってきた。
ユーリは二人に気づくと、さっと顔をフレッドの首筋に埋める。
彼女の涙が肩口に広がっていく感触に、フレッドは思った。


(プライドなんて捨てちまって、ロンやジニーに聞いときゃよかった…)


フレッドの中で後悔ばかりが渦巻く。



*****
異常事態が発生していることに年明けから気づけていたはずのフレッドたちが動かなかった理由。
りらの言い訳的な…笑


フレッドにとって夢主の母親は『気が合う綺麗なお姉さん(実年齢よりかなり若く見える…)』でしたが、その評価が『クソババア』に大暴落しました…д




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