BELLE STORY+ 03「悪いわね」 日本。 リーザの生家。 布団に寝転んでいたリーザは、セブルスの来訪に気付いてのそりと起き上がった。 「毎回日本まで呼びつける形になって。なにしろ――起きているのもつらいから。病床としてここほど安全な場所はないでしょう」 「構わん」 セブルスはリーザに薬を飲ませ終えると、夏中考えていたことをついに打ち明けた。 「直にホグワーツの新学期だ」 「ええ、そうね」 「私はもうここへは来ることが出来ない。城の警備は例年に比べ厳重になる――」 「そうでしょう。用件も明かさずに城から出るわけにもね。…あなた、ただでさえ怪しいから」 リーザは全てを見通していたと言わんばかりに頷く。 「大丈夫、考えているわ。とりあえず、あなたは今日例の魔法薬を煎じて帰ってね。持ってきてもらうものより効果は落ちるにしろ――保存が利くわ。わたしはあまり無理せずに、ここで寝ていればいい」 「…最後のときまで?」 セブルスは苦しくなり、言った。 「どうして一人で死にいこうとする?打ち明けろ、騎士団の誰かに。ゴッドドーターの姪御など、適任だろう――」 「誰にも言わない。あんたも黙ってなさい」 突然厳しい口調でリーザが言った。 しかしセブルスはそれに怯まなかった。 「アシハラのことはどうする?あの子にもまだ打ち明けていないのだろう。ここにあの子がいない理由はそれだ」 「だから、誰にも言わないのよ」 リーザはいらいらとした調子だ。 「大丈夫、娘はわたしがここで寝込んでいるなんて思ってないから。それに、わたしの命が尽きるまでは手紙をたくさんやりとりするわ。ウィーズリーの双子兄弟に経由してもらうつもりなの。週に一度か二度、イギリスに行く。ここまで手紙を運ぶ前に、ふくろうまでもが命尽きるでしょう?」 「はぐらかすな」 セブルスはついにリーザの肩を掴み、その顔を覗き込み、低い声で言った。 「心の準備をさせてやれ。そうでなくても、あなたが死んだら――あの子は天涯孤独になる」 「そうね、後見人を立てなければ。…でも、その問題は直に解決するわね」 肩に置かれたセブルスの手に手を重ね、リーザは俯きがちに呟く。 「娘の後見人は、身軽な人がいいわ。守るものが多くない人。それに、娘が尊敬している人…」 「…ルーピンか?」 「いいえ。気付いてるかわからないけど――多分ルーピンはわたしの愛しのゴッドドーターと一緒になる。娘の後見を任せるには――あの子たちには未来がありすぎる…」 セブルスは皮肉に笑った。 「未来がある者には荷が重い?では、適任は死んだな。ブラックはもういないぞ」 「一人残ってる」 リーザはセブルスの手に重ねた、黒く変色した手に力をこめた。 「あなたが」 リーザの紫の瞳と目が合って、セブルスはぎくりとした。 「私に後見を任せる?正気じゃない――私は闇の帝王の懐にもぐりこむスパイだ…」 「消去法のように見えて、そうじゃないのよ。娘の後見人としてあなたが適任なの」 力強く語るその視線を振り切って、セブルスは声を荒らげた。 「呪いに頭をやられたのか!?だいたい、私はあの子に心の準備をさせてやれと言っているんだ!」 「まったく正気よ!」 リーザはセブルスと真正面から向かい合う。 彼女の瞳からみるみる涙があふれてくるのを、セブルスは見た。 「言えないのよ…!知られるわけにはいかないの――あの子を残して死にたくないって、こんな風に泣いてるわたしを…!」 リーザは顔を両手で覆い、時折言葉を詰まらせながら訴えている。 「あの子のこれからの人生で、母親が生きていればって思うことがきっとたくさんあるの…!でも、そのときに――こんなわたしを思い出されたら困るの…!強い人だったって、そう思ってほしいのよ…!」 セブルスは呆然として、周囲に目を彷徨わせた。 敷かれた布団の脇に広げて置かれた羊皮紙の便箋の束。 一枚一枚が、不自然に歪んでいる。 彼女がそれを、涙ながらに読み続けた結果かもしれないとセブルスは思う。 「身勝手に呪いを被って、娘の人生を放り出して無責任に死んでいくしかないのよ…。わたしの気持ち、わかるでしょう――」 肩を震わせて泣きじゃくるリーザをセブルスは黙って見つめた。 「あなたの助けが必要なの…!後見人を引き受けるって、お願いだから頷いて…。お願い…」 学生時代から知る彼女は、演技の上手い人で――それに騙されてきた人々の存在を、セブルスは知っていた。 (引き受けると頷けば、次の瞬間笑っているかもしれない…) そんな考えがちらりと頭に浮かんだが、セブルスはもうほとんど無意識にその言葉を口に出した。 「…引き受けよう」 瞬時に、リーザが顔を上げた。 その表情は、セブルスが予測した――人を喰ったような笑みではない。 彼女は今、涙に濡れるただの弱弱しい女性だった。 「ありがとう…」 リーザはしばらく泣き止まなかった。 彼女はここで一人過ごす間、ずっと泣いているのかもしれない。 体も思うように動かないはずだ。 ここで英気を養い、ロンドンにいる娘との限られたときを笑顔を貫き通して過ごしているのだろうと思う。 「…なにか、書くものを」 震える声での要求に、セブルスは空間から羊皮紙と羽ペンを取り出した。 手渡すと、リーザはなにかを書き綴り――それをセブルスに返す。 「学期中に、娘があなたを訪ねることがあると思う…。そのときは、図書館の禁書の棚からその本を探して」 なんの本か、尋ねることは出来なかった。 セブルスは頷き、羊皮紙を仕舞って静かに立ち上がる。 リーザはそれを見て、同じく立ち上がった。 向かい合って、互いを見る。 もう二度と会うことはないだろう。 「娘をよろしくね」 「なにを買い被っているのか、私にはわからない…」 「それでも。…よろしくお願いします」 リーザが自分に向かって深々と頭を下げる。 この姿を見たくなかったとセブルスはぼんやりと思った。 「…私に出来るだけのことならば」 そう告げて、セブルスはリーザに背を向け――別室で約束の魔法薬を大量に煎じ、イギリスへ戻った。 それが二人の今生の別れだった。 *** スネイプ先生視点です。 ドラコ・マルフォイの恋心がスネイプによって暴露されてますが笑 夢主はこの記憶は見ないのでセーフ! ママはママなりに考えていたことが多かったのですが、りらとしては母親が大泣きしているのはスネイプに後見人を引き受けさせるための作戦でも、本当に泣いていたという方向でも、どちらでもいいです。 ← | top | しおりを挟む | → |