番外編 冷え冷えとしたクリスマスハリーはロンの何度目かの問いにいらいらと答えた。 「ああ、スネイプはマルフォイに援助を申し出ていた!」 クリスマス休暇を迎え、ハリーは隠れ穴に招かれていた。 今はロンと二人、家事の手伝い――芽キャベツの皮むきのためにキッチンに詰めている。 「マルフォイの母親に、あいつを護ると約束したって――確か、『破れぬ誓い』とかなんとか…」 「『破れぬ誓い』?」 ロンはかなりどきりとした顔をしたあと、手を顔の前でひらひら振った。 「まさか、ありえないよ」 「なんでだ?」 「『破れぬ誓い』は破れない。…破ったら死ぬんだ」 ロンの返答に、今度はハリーがどきりとした。 「僕が五つぐらいのとき、フレッドとジョージが僕にその誓いをさせようとしたんだ。ほとんど誓いかけてたときにパパが僕らを見つけて、物凄く怒った。パパがママみたいに怒るのを見たのはそのときだけだ。フレッドなんか、それ以来ケツの左半分が調子よくないって――」 あの温厚なウィーズリー氏が怒るというのは、相当だ。 ハリーはアーサーが、モリーのように怒鳴り散らしているのを見たことがない。 「そうか、まあ、フレッドの尻の話は置いといて――」 「なにかおっしゃいましたかね?」 フレッドの声にハリーとロンは振り向く。 双子が揃ってキッチンに入ってきたところだ。 「おうおう、ジョージ、見ろよ。こいつらナイフなんぞ使って――哀れだねえ」 「あと二ヶ月で僕は十七だ!そしたらこんなの魔法で出来るようになる!」 ロンが不機嫌に言うと、双子は一層にやにやしはじめた。 「しかしながら、それまでは正しくナイフを使ってくれたまえ」 ジョージが椅子に座り、テーブルに足を乗せながら言うと、ロンはますます不機嫌な顔になる。 「イタッ」 怒りで手元が疎かになったらしい。 ロンはナイフで切ってしまった親指を舐めながら怒った。 「お前らのせいだぞ!今に見てろ――十七になったら」 「きっとこれまでその影すらもなかった魔法の技で俺たちを感心させてくださるだろうよ」 フレッドはあくびをした。 「ところでロナルド。これまで影すらなかった技と言えば――」 ジョージが思い出したように口を開く。 「ジニーから聞いたぞ、なにごとだよ。若いレディで――名前は確か、ラベンダー・ブラウンとか?」 ロンはぱっと頬を赤らめたが、まんざらでもない表情で素っ気無く言った。 「関係ないだろ」 「どうしてそんなことになったんだ?」 「どういう意味だよ」 「その女性は事故かなにかに遭ったのか?明らかに脳に異常が――おいっ!気をつけろ!」 ロンがナイフをフレッドに投げつけた。 そのとき、運悪くウィーズリー夫人がキッチンに入ってきて、ロンの蛮行を目撃してしまったようだ。 「ロン!」 ウィーズリー夫人はしばらくがみがみ怒っていたが、隠れ穴でのクリスマス・パーティーの参加者の寝室の割り振りを相談し終えて出ていく。 「じゃあ俺らは出かけるか」 「手伝ってくれないのか?お前らがちょっと杖を振るだけで僕らも自由になれる!」 「魔法を使わない芽キャベツの剥き方を学習することは、人格形成に役立つ。マグルやスクイブの苦労を理解できるようになる」 ロンに対して、フレッドが真面目な調子で言った。 続いたジョージはくすくす笑っている。 「それにロン。お兄さまに助けて欲しいときにはナイフなんか投げつけちゃいけないぜ。今後気をつけたまえよ」 「俺たちはマグルの村に行く。雑貨屋で働いてる可愛い子が、俺のトランプ手品を見ると喜ぶんだ。まるで魔法みたいだってね」 フレッドが大きく伸びをして、ジョージに目配せして、キッチンから出ていこうとした。 そのとき、ロンが最後の反撃に出た。 「そんなことしていいのかよ。ユーリのことはどうする気なんだ?」 フレッドはわずかながらに表情を変え、弟に振り返る。 「…なんの話だ」 それには、ハリーが答えた。 「ジニーが言ってた。…きみたちがキスしてたって」 「…あいつ、見てたんか」 苦々しい表情で口元を押さえるフレッドを、ジョージがにやりと見た。 「ジニーちゃんはお喋りが過ぎるな。お兄さまの秘密がそこら中に筒抜けだ」 フレッドは小さく肩をすくめたあと、ロンをびしっと指さした。 「いいか、ロナルド。ユーリにそのことでどうこう言ってみろ――」 「もう言っちゃったよ」 「もう言っただと?」 ハリーの素早い返答に、フレッドがわなわなした。 ロンはしくじったという顔をしている。 「ロンとユーリ、それからあんまり口利いてないんだ…」 「はあ?」 ハリーの言葉にフレッドは間抜けな声を出して、ロンを薄目で見た。 「おい、ロン。ユーリが怒るほどのなにを言ったんだよ。あんときのユーリなんてまるっきり『被害者A』って感じだったのに」 「そこまで言うことないだろ」 ジョージがロンに言った言葉には、フレッドが素早く反応する。 「被害者Aってなんだよ。俺は将来有望だぞ。経営者だし」 「ああ、そうだな。顔もいけてるよ」 「お前ら同じ顔だろ!」 ロンは双子の兄を交互に見つめて眉根を寄せた。 「フレッドは別にユーリじゃなくてもいいだろ!ユーリには――」 「『ユーリには』?」 なにかを語ろうとしたロンに向かって、フレッドはぶすっとした顔で指を曲げ延ばししている。 身の危険を察知し、自分が口走ろうとした言葉をよくよく考えたロンは途端に語気を弱めた。 「…フレッドじゃない、もっと別の誰かが似合うと思う」 「言うじゃねえか」 フレッドは弟の言葉に少し傷ついた顔をして、ふっと視線を外してキッチンから出ていった。 「ロン、お前がそう思ってるならフレッドに言うことはなにもないはずだ」 ジョージは厳めしい顔つきでロンに向かって話している。 「フレッドはフリーなんだ。可愛い女の子にきゃーきゃー言われるのを楽しむ権利があるだろ」 真面目な口調でそう言い切ったあと、ジョージは自分を見つめるハリーに小声で耳打ちした。 「ユーリがフレッドに気付かないふりしてる間は、あいつの恋は茨の道なんだよ」 気付かない『ふり』? ハリーにとって、ジョージの言葉は謎だらけだったが――その真意を聞き出すには至らない。 「ジョージ!行くぞ!」 フレッドのいらいらした声が外から響いてきて、ジョージはそれに応じてキッチンから消えた。 ハリーは窓辺に近づいて、双子が雪深い中庭を横切って出ていくのを見つめている。 「…なんなんだろうな?」 「知るか」 ロンは剣呑にナイフをいじりながら短く言った。 「でも、僕はようやく納得したというか」 「なんの話だ?」 「あのときのきみの態度さ」 ハリーはロンに向かって肩をすくめる。 「ユーリにフレッドよりも似合いの人がいるって思ったんだろ?『勘弁してくれ』ってそういう意味だったんだなと思って。…ユーリは多分勘違いしてたけどね、真っ青になってて――きっと自分のことを否定されたと思ったはずだよ…」 「そういう意味じゃなかった」 「うん、そうだな。…学校に戻ったら、ユーリに謝った方がいいよ」 「ああ」 「…ところで」 ハリーはおずおず切り出す。 「ロンは誰がユーリに似合うと思ってるんだ?僕も知ってる人?」 きょとんとする親友を前に、『ハリー、きみだ』とロンはついに言い出せない。 「…もしかして、パーシー?ユーリ、パーシー好きだし…」 「違う」 それは間違いなく冷え冷えとしたクリスマスだった。 *** ロンはハリー推し(夢主推し…?)笑 ハリチョウ/ハリジニがジャスティスの原作世界観をぶっ壊してしまって申し訳ないですけど、ロンは『ハリーには夢主みたいな子が合う!』と思っていたのです… ※GO TO HELL発言をぶちかます前の夢主です笑 ・ロンはアズカバン編<決意と仲直り*03>でハリーの(ロンからすると唐突な)『夢主は可愛い!』発言を聞いています ・炎ゴブ編<喧騒のホグワーツ*03>での『誘いたい子がいるらしいぜ』は夢主のことです。 ハリー的には「(チョウが誘えなかったら)夢主かなあ」くらいなもんですが、『ハリーはやだ』とか言われちゃってそこそこ可愛そうですд笑 あれ、ハリーにとってのリベンジマッチ・謎プリ編のパーティーでのお誘いも『まだ死にたくない』と素気無く断られちゃってますね… ・騎士団編<戦いに向けて*04>の『もう少し朗らかな子』も夢主のことでした。笑 ← | top | しおりを挟む | → |