番外編
09
嫌なことは立て続けに起こるものだ。
ポッターは退学にならなかった。
代わりにグリフィンドール贔屓のダンブルドアが魔法省から追われる立場でホグワーツを去りアンブリッジ女史が新校長に就任したので、それでよしとすべきなのかもしれないが。
アシハラがやたら高圧的な態度でドラコに挑んできたので、ドラコは彼女を減点した。
ついでにグレンジャーも。
しかしそれで憂さ晴らしが出来たとは言い難い。


*


イースター休暇も終わりが近づいている。
ドラコの最近の悩みの種は休暇明けに行われる進路面談だ。
父親であるルシウス・マルフォイは定職に就いているわけではない。
マルフォイの家名を背負う責任の下、社会福祉団体やらの理事をしていたり、かつての荘園に点在する風光明媚な館を下働きに管理させて、その観光収入を資産運用して更に財産を増やし――。
とにかく、ドラコのロールモデルにはなりえない男だ。
ルシウスはドラコの祖父・アブラクサスがかなり高齢になってから生まれた息子で、ホグワーツ卒業後は就職することなくすぐにアブラクサスの仕事の大半を引き継いだらしいと聞いている。
ドラコは二年後に卒業を迎えるが、ルシウスはそのとき四十半ばだ。
まだまだ隠居する年齢ではない。


(頭が痛い)


夏の間に父親に相談しておくべき案件だったのだろうが、その父親はほとんど家にいなかったのだ。
もともとホグワーツにいる間は家人と連絡を取り合う性質でもないので手紙を出すのも気が引ける。
父親には自分で解決しろと突き放される気もしている。


(就職ねえ…)


将来やりたいことについてはなにも考えが浮かばないが、大抵の職につけるだろうということを自負してはいる。
ドラコの成績は学年『次席』だ。
自分の一つ上の成績である『首席』をマグル生まれのグレンジャーが獲得していることには苛立ってはいるが、仕方がないことだろう。
聞くところによれば、彼女は百点満点の試験で百点以上を獲得したことがあるらしい。
『本の虫』どころか『化け物』の一種だ。
監督生という似たり寄ったりの立場だが、ドラコはクィディッチチームに所属するシーカーでもあり、彼女と比較すると勉強に割ける時間が少ない。
ドラコと同じくシーカーのポッターは魔法薬の補習授業を受けさせられるほどの程度の低さだ。


昼食の時間が近いので、ドラコは勉強を切り上げて図書館を出た。
午後にはクィディッチの練習が入っている。
イースター休暇明けに行われる対ハッフルパフ戦は接戦になるだろうと予想している。
ドラコにとって手強い対戦相手だったディゴリーはもういないが、ハッフルパフはチェイサーも強敵揃いだ。
その上、キャプテンのモンタギューがしばらく行方不明となった後なぜかトイレから発見されたことも不安要素の一つである。
モンタギューのあの様子では、次の試合までに回復は望めまい。


「『魔法薬学』、『薬草学』、『変身術』、『呪文学』、『闇の魔術に対する防衛術』のN.E.W.Tで『E』以上が必要なんだって」
「うわ、癒者って条件厳しいね。まあ、当たり前か」


聞き覚えのある声に意識を現実に引き戻されて、見据えた視界に映る二つの影に舌打ちする。
アシハラだ。
傍らに立っているのは確か、レイブンクローのブートとか言う男である。
進路面談を控え、将来の夢を語り合っているらしい。


「ユーリって成績、どうなの?」
「うーん、まあまあかな…。今までも試験勉強はたくさんしてきたし――」


ドラコは疑問を持った。
二寮合同で行われる授業は『薬草学』と『魔法薬学』、『魔法生物飼育学』。
スリザリンは『薬草学』をレイブンクローと、『魔法薬学』、『魔法生物飼育学』をグリフィンドールとともにしている。
グリフィンドールとレイブンクローの生徒である彼らに接点があるようには思えない。
その上、『例のあの人』の孫娘であるアシハラをファーストネームで呼ぶほど親しくしている様子のブートは一体何者だろうか。


「『まあまあ』?本気で?」


思わず口について出た言葉だった。
アシハラが振り返り自分を見て嫌そうな顔をしたことにいらっとして、ドラコは口の端を上げる。


「『癒者』になりたいって?残念だな、お前の目の前に魔法薬学の壁が立ちふさがってる」
「…あなた、わたしとテリーの話を盗み聞きする必要あったの?」


アシハラもまた、親しげにブートをファーストネームで呼んだ。
さらにいらっとしたところでブートが気遣わしげな表情でアシハラを覗き込む。


「魔法薬、よくないの?僕、見てあげようか?」
「まさか。そんなこと頼れないよ、テリーも試験前なのに。わたしは頑張るしかない。学期初めのレポートは『E』だったから…」
「『E』?」


あのレポートでドラコの同級生たちの多くが『A』を獲得した。
ビンセントとグレゴリーに関して言えば、スネイプ教授が彼らの記述のあらゆる部分にアンダーラインを引きまくって『A』をつけるためにかなり苦心して部分点を与えまくった様子すら見受けられた。


(それを、グリフィンドール生に『E』?スネイプ先生は初回の授業でアシハラのことかなり悪し様に仰ったが――そのアシハラに『E』?)


スネイプがアシハラのことを『愚か者』とかなんとか言っていたのは覚えている。
『例のあの人』の孫娘に対する態度としては少しおかしかったが、魔法薬学の成績が悪くて元から心象が悪かったのではないかと思っていた。
一度だけ魔法薬学で隣り合わせで作業したことがあるが、気まずすぎて彼女のほうは見ないようにしていたことしか覚えていない。


「スネイプはスリザリンには甘く採点するんだろうね?だからマルフォイ、余裕なんだ?」


アシハラと笑いあいながら会話していたブートが矛先をドラコに向ける。


(贔屓されてるだと?)


「スネイプ先生はそういう成績を甘くする人じゃない。僕は実力で『O』だ」


ドラコは苛立ちながら足を進める。
途中で肩がアシハラにぶつかったが、構うものか。
これ以上場を共にするには不快過ぎる面子だ。


*


「『癒者』を希望します」


面談の相手――スネイプ教授はドラコの返答に面食らったようだった。


「『癒者』?きみは魔法省での勤務を希望すると思っていたが…」
「どうせ、将来的に父の跡を継ぐため退職することになります。聖マンゴの癒者は魔法省の省員に比べてもなかなかの社会的地位を望める歴史ある職です」
「そうか」


スネイプは聖マンゴの冊子を取り出してドラコの成績ならあまり気負うことはないだろうと請合った。


「お尋ねしたいことがあるんですが、聖マンゴは毎年どのくらい新人を受け入れるんですか?」
「そう多くはない。『癒者』は需要がある職業だが息も長い。聖マンゴに就職するのは毎年一人、二人だろう」
「そうですか」


退室したあと、ドラコはこっそり笑った。
自分たちが卒業する年、聖マンゴが受け入れる新人が一人なら。
そして、その一人が自分ならば――。
ユーリ・アシハラは悔しがって泣くかもしれない。




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