番外編
07
セストラルという魔法生物がいったいなんだったのか、ついにドラコはわからなかった。


(だいたい、大多数にとって見えない魔法生物を授業で扱う意味があるのか?)


森番が教師という立ち位置に立っているだけでも苛立つことなのに、彼には脳みそを働かせようという意思が微塵も感じられない。
授業を終え、生徒たちは我先にとあの暗い森から抜けた。
寒さに震えながら城を目指す生徒たちの群れの中だ。
スリザリン生のみならずグリフィンドール生もそこそこ不快そうな表情を浮かべている。


「なあ、セオドール――」


スリザリンで唯一セストラルを見ることが出来ると深刻した幼馴染にそう声をかけてしまってからドラコはきょろきょろした。
セオドール・ノットの姿がない。


「セオドールは?」


手近にいたパンジーにドラコが尋ねると、パンジーも辺りを見回した。


「いないわね。そういえばさっきブレーズが森に戻っていくのを見たけど」


(セオドールとザビニ?)


確かにザビニの姿もない。
嫌な予感がしてドラコは荷物をグレゴリーに押し付けてくるりと踵を返す。


「ちょっと、ドラコ?今夜はわたしたちが見回り当番だから夕食を早く済ませなきゃ――」


ドラコはパンジーの言葉を無視して森へ駆け出した。


*


案の定セオドールとザビニは森の中の広場に佇んでいた。
傍らにアシハラの姿もある。
なぜか笑顔でザビニを見上げているアシハラにかなりいらっとして、ドラコは彼らのもとへ駆けた。


「おい、なにしてる!」


ドラコは三人を順繰りに睨みつけたが、三人が三人ともそんなことを意に介す様子すら見せない。
真っ先に返答したのがザビニだ。


「お話」


自分を見てへらっと笑うザビニに、いらいらが募る。


「散れ、特にザビニ!」
「俺なんもしてないぜ。『まだ』」


(『まだ』ってなにする気だよ!)


彼はデスイーターの子女ではないのだからユーリ・アシハラに接触する必要などないはずだ。
にやにやしているザビニから視線を外し、ドラコはアシハラに近づく。


「その辺にセストラルが一頭いるらしいぞ」


ザビニのその言葉で動揺したドラコを、彼が盛大にあざ笑う。
セオドールがセストラルがいなくなったことを証言したのでドラコはやっと胸を撫で下ろして最初に思った通りにした。
つまり、自分の背後にアシハラを押しやり彼らとの間の壁になる。
セオドールは新学期に話した『嫁取り』がどうこうという話題のために行動しているのだろう。
ザビニはなにが目的か知らないが、度が過ぎる好色家で――とにかく排除しておくに越したことはない性格の男だ。


「ああ」


なにかに閃いた様子でノットが声を上げた。


「きみたち、またいとこ同士か。どうりで仲がいいと――」
「「仲良くない!」」


自分とアシハラとの声が重なり、ドラコは反射的に背後に振り返った。
俯いているアシハラの表情は読めないが。


(自分が言う分にはいいが、言われると腹立つな…)


ひくひくと口元を歪めていると、ザビニがけらけら笑い出した。
こいつのことは本当に大嫌いだとドラコは思う。


「もういいや。外野が多すぎる――。ユーリ・アシハラとお喋りしたいみなさん、お好きにどうぞ」


セオドールが背を向けて森の外を目指して歩き出した。
ザビニはあからさまにつまらなそうな顔になる。


「なーんか白けた。ケナガイタチくん、飼い主さまにご無体働くなよ」
「さっさと行け!」


(だいたい、いつまでそのネタを引っ張る気だ!)


ザビニはドラコの不機嫌顔で気をよくしたらしい。
振り向きざまにアシハラに向かって手をひらひら振って、意気揚々とセオドールのあとを追いかけていく。
新学期のホグワーツ特急でああいう会話をしたのにセオドールは長らくユーリ・アシハラに接触する素振りを見せていなかったので――油断していた。


(油断…?)


自分の思考回路がわけのわからない展開を見せていることに驚いて、さらに腕を振り払われたことにも驚いて――ドラコはアシハラに振り返った。


「なんだよ?」


アシハラはため息をこぼし髪をいじりながら顔を上げる。
じとっとした不満げな瞳がドラコを見つめた。


「…あなたの顔はもう、見るだけでうんざり」
「なっ」


ものすごいことを言われた。


(顔を見るだけで『うんざり』!?)


そういう感情を彼女が有していることにまず驚く。
さらに、そんなことを面と向かって言われたことにも驚く。
ドラコの彼女に対する評価は『お人好し馬鹿』だ。
アシハラに好かれるような振る舞いをしてきたつもりはないが、それでも彼女は滅多なことでは人を嫌うような性質の人間ではないと思っている。
そのいい例がグレゴリーだ。
彼は明らかにポッターたちと友好的な関わり方はしてこなかったが、アシハラは昨年彼を引っ張って医務室へ向かった。
彼女の意思でだ。
ドラコも昨年度の魔法生物飼育学の時間に共同で作業することを拒否されなかったし、二言三言『普通の』会話も交わしたのだ。


(なんでこいつ今更…)


なんだか傷ついたような気分になった自分が嫌になってドラコは声を張る。


「助けてやったんだろう!」
「それはご親切に、どうも」


かなり冷たい声で返答があった。
ふっとドラコから視線を外し、アシハラは森から出るべく歩き出す。


「ザビニと仲良く喋ってるところを邪魔されたとか思ってるんじゃないだろうな?女ときたら、だいたいあいつの顔に騙されるんだ」


アシハラは間髪いれずに振り向いた。
かすかに眉をつって、口元がいびつな形を作っている。


「どこをどう見たら仲良く喋ってるように見えたの!?完璧に戦いだったじゃない!」


耳障りな怒鳴り声がドラコの脳みそにダイレクトにぶつかって散った。


(戦い…?)


ドラコにはそんな風には見えなかった。
言葉通り、ザビニと楽しそうに喋っているようにしか。
アシハラは冷静さを取り戻し、冷たい口調でこの話題を切り上げた。
校庭に向かってのろのろ歩くアシハラをつかず離れずの位置で追うように歩きながらドラコは考える。


(『戦い』。こいつは本意でないときも笑顔で応対する――)


思い当たる節がいくつかある。
笑顔の彼女に気味の悪さを感じたことが幾度もあるのだ。


(ポーカーフェイスが得意…?)


前方を歩く彼女の髪が揺れている。


(今までのこと全部、能天気に笑っていた女の子じゃなかったなら――)




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