番外編
06
ネビル・ロングボトムが突然ドラコに殴りかかってきたとき、いち早く動いたのがユーリ・アシハラだった。
魔法薬学の授業前の廊下だ。
普段はおとなしいロングボトムが表情を一変させていたので、ぎょっとしなかったとは言わない。


「ネビル…!」


アシハラはロングボトムの腕に縋り付いて必死にその行動を抑止している。
ロングボトムの背後からポッターがアシハラと同じようにしていて、ロングボトムはドラコを睨んだままなんとかその場に留まっている形だ。
ロングボトムがもがきにもがいてドラコを殴ろうとしているのでアシハラはついにロングボトムに正面から抱きついた。


「手伝ってくれ!」


ポッターが背後のグリフィンドール生に向かって声を上げたそのとき。
ロングボトムの腕がポッターの拘束から逃れた。
彼のものすごい勢いの握りこぶしがアシハラの顔面をかすめ、彼女は見事に吹っ飛び床に転がる。
魔法薬学教室の前にたむろしていた生徒たちのほとんどが息をつめる。


アシハラは聞きなれない言葉を口走った。
あまりのことに母国語が出たのだろう。
彼女が自らの口元を拭ってその手のひらを広げると赤い血のりがべっとりだ。
それを見て、寮を問わない女子生徒たちが一斉に悲鳴を上げる。
しばらく呆然としていたロングボトムはようやく意識を取り戻したのか――彼女を引っ張って階段を駆け上がり、消えた。


*


「試合後にグリフィンドール選手がマグルの決闘ショーを。杖は使っていない。純粋な腕力による怪我です」
「ミスター・マルフォイ、こちらへ」


校医に促されドラコは椅子に腰掛けた。
アシハラはドラコがポッターたちにぼこぼこにされた場面にこそ居合わせなかったようだが――その後の最悪のタイミングに立ち会うことになったようだ。
もちろん、最悪とはドラコにとってのこと。
こういう情けない場面に立ち会われたくなかった。
校医が顔から上を調べる間、アシハラは校医のいいつけに従ってドラコのユニフォームを脱がせている。


(本当に最悪だ…)


「脳に異常なし。怪我だけでなによりですね、ミスター・マルフォイ」


(…なにがだ)


体中あちこち痛む。
大した反応も見せられずにいると、校医はアシハラに振り返った。


「アシハラ、私は顔面の複雑骨折の治療薬を作ってきます。その間、血を綺麗にしておいてください。あと打撲の治療を」
「はい、マダム」


アシハラはドラコの前に椅子を呼び寄せて真正面に座った。
真剣な表情で杖を片手に、空いているほうの手でドラコの顎に手を添える。
その振動が殴られた顎の骨に響いてドラコは思わず声を上げた。


「痛いな!」
「自分で思ってるより大したことないよ」


アシハラはさらりと言ってのけた。
血みどろの同級生を目の前にしているのに彼女は落ち着きすぎている気がする。


「適当なこと言うな」
「はい、口開けてー」


アシハラはドラコの発言を無視して事を進めようとしている。
いらいらして唇をかんだドラコに、アシハラはほんのかすかに困った顔をして膝の上に自分の杖を置き、両手のひらでドラコの顔を包む。


(なっ、近い…!)


あまりの至近距離に心底驚いていたドラコに、次の瞬間痛みが襲った。
アシハラが慈悲のかけらもなく、ドラコの顔を両側からぐいぐい押している。


「痛い痛い痛い!」
「大丈夫大丈夫、死なないからー」


無様に口を半開きにしたまま俯こうとしたドラコの額をアシハラが手のひらで押した。
目が合った彼女はもう片方の手で構えていた杖で呪文を放つ。
ドラコの口腔を洗浄して――汚水も消し去って――アシハラは杖から温風を吹き出させてドラコの顔を乾燥させると今度は杖を腹に向けた。
癒しの呪文を唱えながら彼女が杖で腹をさすると、痛みが嘘のように消え去る。
ドラコは驚いてアシハラを見た。


(こいつ、もしかして――)


ものすごく優秀なのではないかとドラコは少し怖くなった。
罰則かなにかでこの場に居合わせたのだろうと思っていたが、校医は彼女をやたらに信用している様子だ。
もしかすると、校医が彼女になにかを見込んで癒術の手ほどきをしているのかもしれない。


(いや、でもあまり賢くはないはずだろ?)


それを確信させるのがユーリ・アシハラの喋り方だ。
彼女はのったりのったりした口調で、頭の回転が速そうには思わせない。
そのときドラコは唐突に先日の魔法薬教室前での出来事を思い出した。


(…ぼんくらみたいな喋り方をするのは外国人だからか)


考えてみれば当然も当然だ。
父親を闇の帝王とするアシハラの母親は抜きん出た才媛だったと聞く。
アシハラはその母から百パーセントとは言わずとも才能を引き継いでいるのだろう。


*


「ああ、アシハラを特別扱いすべきでないという話でしたね?」


アンブリッジ教授と戦っていた校医は突然矛先を変えた。


「ミスター・マルフォイ、今後自分の出場する試合以外は医務室に来て私の手伝いを」


(は?)


「アンブリッジ教授は特権と言いましたが、もとは罰則でしたの。アシハラは好意で私を手伝ってくれていただけです」


それから校医は自らがドラコに罰則を課すのだと宣言した。
ドラコは思わず椅子から立ち上がる。


「そんなことどうして僕が――」
「この人には無理です!」


ドラコの発言を遮ったのはアシハラだ。


「絶対無理!断言できます!」


(…は!?)


「僕に対して知った口利くな!お前に出来る程度のことが僕に出来ないわけないだろ!」
「あなたには無理だってば!黙って座ってなよ!」
「なんだと!」


ドラコはつかつかとアシハラに歩み寄った。
対格差があるのでアシハラは少し怯んだ様子だ。


「だいたいお前は――」


(この前から馬鹿だのなんだの――なにさまのつもりだ!)


そう続けようとしたドラコはスネイプの一声で黙らざるを得なかった。


「ミスター・マルフォイにそのようなことをさせる権限をあなたはお持ちでないと推察申し上げますが」


アンブリッジがそれまでより丁寧な口調で校医に語りかけているところで、アシハラは冷たい口調で割り込んだ。


「どうせ彼には無理ですから――」
「やります」


ばしっとそう宣言するとアシハラはびっくり顔でドラコを見上げる。


「アシハラ、黙れ――」


そう彼女に向かって凄むと目の端に恐ろしい顔をした校医が映りこむ。
どうやらアシハラは校医のお気に入りらしい。
アンブリッジ教授に悪し様にあれこれ言われて気落ちしているだろうアシハラを気遣っているのは明白だ。



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