番外編 03「ああ、帰ってきた」 コンパートメントで一人で本を読んでいたセオドール・ノットはドラコたち三人を引き入れると戸に邪魔よけ呪文をかけた。 ドラコはその謎の行動を黙って見届ける。 「丁度ブレーズが出て行ったところだ。タイミングがよかった」 セオドールはドラコの真正面に腰掛けると、買い込んだ大量の菓子類をグレゴリーとビンセントに与える。 彼らは一も二もなくそれに飛びついた。 「デスイーターの息子同士で話がしておきたかった。まあ、彼らは菓子に夢中になってしまったようだけど」 セオドールは自らそう仕向けたとは思えない言い方をした。 ブレーズ・ザビニの不在を都合がいいと語ったのはこのためだったのだろう。 ザビニは厳密にはデスイーターとなんの関わりもない。 「なんの話だ?」 「父親から聞いただろう?ユーリ・アシハラの話だ」 (アシハラ) 先学期まではドラコの父親だけがユーリ・アシハラの血筋に注目していて、ある意味他のデスイーターを出し抜いていた形だ。 セオドールの口からユーリ・アシハラの話題が出るとは考えていなかったドラコは、少しは驚きながらも耳を傾ける。 「父から命令されてね。『あの子になるべくいい印象を持たせておくように』、だって」 「は?」 予想していなかった言葉にドラコは間抜けな声を出した。 目を見開くドラコを見て、セオドールも驚く。 「父親からなにも聞いてないの?」 「いや、なにもとは言わないが――どうしてアシハラにいい印象を持たせておく必要がある?」 「嫁取りレースでもさせる気だろ?」 「『嫁取り』…!?」 ドラコは動揺しきって立ち上がった。 そんな様子を見つめて、セオドールはやはり驚いている。 「父親から聞いてないの?本気で?」 「なにをだよ!」 「『例のあの人』はユーリ・アシハラを殺すなという命令を出した――復活の場に居合わせたアシハラを殺そうとして、磔の呪文を使うことすら躊躇しなかったらしいのにだ」 『磔の呪文』。 想像を絶する痛みを与えられる、許されざる呪文だ。 行使された者の気が狂うこともままあるという。 「うちの父が聞いた話では、アシハラはパーセルマウスらしい。まあ、不思議じゃないよね――決闘クラブでドラコが出した蛇を手懐けた彼女を見たとき、気味が悪いと思ったんだ…」 「パーセルマウスなのか?」 「らしいよ。世界で三人きりだ――『例のあの人』とポッターと…」 そこでセオドールはぐっと声を落とした。 「うちの父はこう推理したよ。ユーリ・アシハラはサラザール・スリザリンの末裔で、パーセルマウスだ。同じくスリザリンの末裔であることを誇っていた『例のあの人』は、彼女を殺すことが惜しくなったんだろうって。『例のあの人』にもう子どもは無理だろう?六十はとうの昔に越えてるはずだ」 蛇舌と呼ばれたサラザール・スリザリンの末裔――ユーリ・アシハラは闇の帝王と同じく、パーセルマウスの資質を持った魔女らしい。 しかし、それでも。 「そんなことでアシハラを生かしておこうと思うとは考えられない」 がんがん鳴る頭をおさえてドラコがそれだけ言うと、セオドールはあからさまに面白そうな顔をした。 「『例のあの人』の望み通りマグルなしになった世界に――最初にマグル排斥を訴えた人物の子孫がいるのは理想的だと思うもんじゃないの?」 「アシハラは半分マグルだぞ…」 「だから、そこが『嫁取り』に繋がるんでしょ?アシハラはそれなりの純血と姻戚関係を結んでまともな血を残す必要がある――僕らみたいなデスイーターの息子たちが候補にあがるだろうって」 セオドールはそう言って自分とドラコを交互に指差した。 ついでにグレゴリーとビンセントのことも流し見ている。 (あいつと結婚…!?) ドラコの脳裏に純白のドレスをまとってにっこり笑うユーリ・アシハラがぱっと浮かんで、すぐさま消えていった。 「僕は、そんなの御免だ…」 呆然と首を横に振るドラコを見て、セオドールは少しだけ笑う。 彼が表情を緩ませるのは珍しいことだ。 「そうなの?それは朗報だ――きみはアシハラのこと、気にしてるみたいに見えていたから」 もう何度目かわからない驚きの視線をセオドールに向けながら、ドラコは搾り出すように尋ねる。 「…お前、嫌じゃないのか?」 「結婚に夢は見てないよ。相手は親から宛がわれるだろうと思っていたし」 そう語るセオドールの言い分は理解できる。 純血の一族はあまり残っていないので、純血を誇る家系の魔法使い、魔女たちの結婚は概ね家同士のつながりから来るものだった。 ドラコの両親も恋愛結婚ではないと聞いている。 「『例のあの人』の理想とするマグルなしの世界には賛同できる。そういう世の中になったとき、ユーリ・アシハラの夫はきっと、下にもおかない扱いを受けるだろう。…あの子は性格もまずくなさそうだしね」 セオドールが話したかった話題が尽きたのだろう。 彼は戸に杖を振り、邪魔よけ呪文を解いた。 ← | top | しおりを挟む | → |