番外編
02
「いなかったわ。医務室にいる生徒はマルフォイだけ」


医務室から出てきたハーマイオニーが、おろおろとした様子で言った。


「ユーリったら、どこに行っちゃったのかしら?」
「行き違ったんだろうな」


ロンはそう言って、ハリーとハーマイオニーに合図して歩き始める。


「行こうぜ。ユーリは今夜ハグリッドのところへ行けなくても気にしないよ。むしろこのくそ寒い中外に出るの、多分渋る」


ハーマイオニーは確かに、という納得顔でロンに続く。
ハリーは一瞬考えて、医務室に振り返った。
ユーリは普段通り、試合で出るかもしれない怪我人に備えて医務室で待機していたはずだ。


(マルフォイ…)


ユーリがぼこぼこにのされた彼と対面しただろうというのは想像に難くない。


(…まさか、あっちに同情してないよな?)


あってほしくはないことだが――ありえることだ。
ユーリは本当に優しい。
それで、自分たちを軽蔑してしまった?


「ハリー、なにしてんだ?」


ロンとハーマイオニーが遠くで自分に振り返っている。
ハリーは二人に駆け寄った。
とにかく、今は帰ってきたハグリッドに会いにいかなければ。


*


(遅い…)


ハーマイオニーはハグリッドの授業計画を立てるべく、寝室に戻っていった。
ロンは寝た。
対スリザリン戦の悲惨な結末に元から静かだった談話室で、ハリーは一人、彼女の帰りを待っている。
ユーリはまだ帰っていない。
暖炉の火だけが光源の談話室でソファに腰掛けて、少しうとうとしかけた頃、『太った婦人』が誰かを招き入れた。
遠目に見える小さな人影の正体はすぐにわかった。


「ユーリ、どこいってたんだ今まで――」


ユーリはまず、医務室にいたと嘘をついた。
即座に嘘だと断じると、彼女はどこか言い訳のように言葉を紡いでいる。
ハリーは当然気付いた。


(ユーリ、声が――)


がらがらだ。
まるで、大泣きしたあとのように。
立ち上がり、ユーリに近づく。
はっと身構えた彼女が自分と絶対に目を合わせないように視線をそらすのを薄暗い室内で察する。
しかし、ハリーはそれを気にしないことにしてユーリの前髪をはらって彼女の顔をのぞき込んだ。
目の下が真っ赤で、瞳も充血している。


「泣いたはずだ。目が赤い」
「とんでもない…」
「嘘つくなよ。さあ、座って」


ハリーはユーリの腕を引っ張って暖炉に近づき、彼女をソファに腰掛けさせた。


(なんでそんなに泣いたの?)


その問いをユーリは最初はぐらかしていたが、ハリーは根気強く尋ね続けて答えを得た。


(アンブリッジ…)


「馬鹿の一つ覚えみたいに――本当に嫌な女だ」


ハリーがいらいらと言うと、ユーリが申し訳なさそうに縮こまった。
少しやり方を間違えたと思う。
彼女は他人の一大事には怒鳴り散らすこともあるが――自分のことで怒りを露わにするタイプの女の子ではなかった。


「血筋できみの評価を決める人はそこまでの人間だよ。言われ続けてきただろうけど、ユーリは本当に優しいし――」


ハリーは少し照れそうになったが、言った。


「僕らの大好きな女の子だ」


その言葉で、ユーリが顔を上げた。
この顔を真正面から見つめるのは随分久しぶりだと思ったとき、ハリーは自分の意識が少しずつ薄れていくのを感じた。


ユーリはいつの間にか顔を伏せ、ソファの上で小さくなっている。
静かに立ち上がり、ハリーは彼女に近づいた。


(痛めつけられている…)


五年生として学校に戻ってきてからというもの、ホグワーツが彼女にとって居心地がいいと言い切れる場所でなくなってしまったのをハリーだって察している。
ぼーっとする頭でそう考えながら、ハリーは身を屈め、ユーリを至近距離からのぞき込もうとした。
しかし、彼女は顔を上げない。
うつむくユーリの髪を彼女の肩口に払いのけ、ハリーは彼女の細い首をなぞった。
肌に触れる手のひらから、彼女の血液が脈打ち流れていくのを感じる。


(生きている)


糾弾され、打ちひしがれ、悲嘆に暮れ――それでも彼女は生きている。


『"生きていてもらわねば"』


ハリーはその口元に笑みを浮かべた。
そう、彼女には生きていてもらわなければいけない。
自分にとって、彼女は間違いなく大切な存在だ。


「ハリー…?」


ユーリが顔を上げた。
瞳が揺れに揺れ――怯えているように見える。
この視線は自分にとって快い。


「ハリー!」


ぱちんと催眠術が解けたかのようだった。
ハリーは自分がユーリに半ば覆い被さっていることに気がついて、彼女の上から飛び退いた。


「なんで――僕、ユーリとテーブル挟んで座ってたはずだ…」
「男子寮に戻ろうとしたんじゃないかな――それで立ちくらみを起こして…。わたしにキスしようとしたなら話は違ってくるけど」
「キス!?」


(ユーリに!?僕が!?)


ハリーは頭を抱えて転げ回りたい気分だった。
確かに、彼女のことを可愛い女の子だと思っている。
性格も好きだ。
だけど――。


(無意識のうちにキスしようとしてた!?僕って…!?)


「わたし、眠くなっちゃった」


ユーリが大きくあくびをした。
可愛い。


(じゃないって!)


ハリーは自分をど突きまわしたい気分になったが、なんとか言った。


「そ、そうだね。じゃあユーリ、おやすみ…。ハグリッドの話は明日にしよう」
「ありがとう。おやすみ、ハリー」


ハリーはその一言を聞き終えるとユーリに背を向け、男子寮に続く螺旋階段を上りはじめる。
そして、少し上ったところで崩れるようにへたり込んだ。


(さっきの、なんだ…?)


彼女はあまりスキンシップが得意じゃなくて、それはハリーも知っていて――だから、あんなにべたべた彼女に触るのは初めてたっだし、あそこまで近づいたのも初めてだ。


(僕はなんなんだ…!?)


髪をぐしゃぐしゃにかき回したあと、両手で顔を覆う。
顔から火が出るほど恥ずかしい。


自分がなにを思ってあんな行動に出たのか、まるでわからない。


(…生きていてもらわねば?)


確かに、アンブリッジに言われたことで彼女は死んでしまいそうなくらい痛めつけられていたけれど。


(どっちかと言えば、『笑っててほしい』…)


ハリーは階段に座って、しばらく呆けていた。


*


「マダムは鼻たれ泣き虫にことごとく甘い」


スネイプはユーリを攻撃しようという意思をはっきりと読み取らせる言葉を吐いた。
ハリーはロン、ハーマイオニーと同じようにスネイプを睨みつけながら思う。


(ごちゃごちゃ言うな。大事な子だ――)


そのとき、昨晩の出来事を思い出す。
スネイプは、そんなハリーの瞳をまっすぐ見ていた。


*


「生まれて初めて雪合戦した!ロンとハリーも課題がなければ一緒に遊べたのにね」


ユーリはきらきらの笑顔でそう言った。
ハリーは本当に驚いている。


「ユーリは寒いところ嫌だって、絶対冬の校庭には着いてこなかったのに…」


その上、ユーリは朝食後まずスネイプのところへ赴いたはずだ。
彼が煎じた風邪の予防薬を飲むためで、朝食時のあの様子では小言の一つ二つは確実に言われたに違いないのに。


「今日、かなりにこにこしてるね?」


昨日の泣き顔がまるで夢だったかのように、彼女は輝く笑顔を振りまいている。


「いいことあった?」
「ハグリッドが帰ってきた!」


そう尋ねたハリーを真っ正面から見つめて、ユーリはにっこりした。
ハリーは心臓が打ち抜かれた音を聞いたような気がした。
そこからも、彼女がにこにこと自分を見つめているのを当然察して――ハリーは心臓が本当に痛かった。



*
ハリーとチョウがまだキスしておらず、ハリチョウ成立前なのでセーフ!(と言わせてください…)
焔(ほのお)ですが、ハリーのぼやけた恋心とヴォルデモートの意識ということで…
violetの『瞳の中の炎』とタイトル被ってるけど…
タイトル考えるの苦手…笑

教育令第二十四号*02でハリーに「思ってたよりほんとに秘密の多い女の子だね」と喋らせているんですが、ハリーは子世代メンバーの中で唯一、ドラコが夢主をパートナーに誘ったことを知っていたんですね。
ハリーは夢主とドラコの関係にやきもきしていることになっています。

ハリーのことをあんまり捏造するのは申し訳ないんですが、ハリーは一年生のクリスマス休暇の出来事から、夢主にうっすら恋していたことになってました、りらの脳内で。

閉心術*03でのスネイプの「ポッターの感情と闇の帝王の感情がないまぜになり〜」の内幕はこんな感じです。

『なんでハリーは夢主をべたべた触ってたん?』と思っていた方!
ずばり、『脈をはかっていた!』です…笑
更に、ヴォルさまに乗っ取られ気味のハリーは夢主をびびらせてやろうと顔を近づけてきていたことになっています。
夏休み後半戦*04、緑と赤〜怪我勝ちのハリー視点です。




topしおりを挟む
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -