番外編
01
「ごめんね、ちょっと、自分の部屋に――っ」


ユーリがハリーの手を振り払って、駆け出す。
ハリーは呆然とした。
見間違いでなければ、彼女の瞳にはうっすらと涙が光っていた。


彼女の母親であるリーザは――ユーリがハリーに対してよそよそしい態度を取るかもしれないと忠告していた。
『友情をぶち壊したいわけではなく、心の整理がつかない故のもの』と、しばらくの間は彼女がおかしな態度でも大目に見てやってほしいと言った。


ハリーにはあまり理解出来ない話題だったし、リーザに対して少し反抗したい気分になったのだ。
彼女と自分はずっと友だちだった。
大事な友だちだった。
今更、遠慮なんてされても困る。
だからハリーは、すぐに言わなければと思った。


『ユーリは僕の大事な友だちだよ』


ハリーは自分の言葉を心の中で反芻して、はーっとため息をつく。


(多分、怒鳴ったのがよくなかったんだよな…)


本部に到着したあの日に、ユーリを見てものすごくいらいらしてしまって、怒鳴ってしまった。
きっとあれが敗因だ。
事件の直後の学年末に、ろくに話をしなかったのに。
久しぶりの会話が、罵倒だったなんて。


(…やらかした)


自分はしばらくユーリを遠巻きにしておくべきだろうとハリーは思う。
リーザの言う通り、『彼女の心の整理がつくまで』。


*


「ハリー、内々にきみに頼んでおきたいことがある」


あと少しで新学期が始まろうという、ある日の昼下がりだった。
ルーピンがかなり真面目な口調で切り出したので、ハリーは居住まいを正して彼の言葉を傾聴する。


「実はユーリのことだ」
「ユーリ…?」


ハリーは落胆して呟いた。


「…ユーリのことで、僕になにか出来るとは思わないけど」
「そう言わないでくれ」


ルーピンは少し悲しげだ。


「きっと、ユーリはきみによそよそしい態度を取っているのだろうが――だからこそ、きみがユーリのすぐ近くにいないからこそ出来ることがあるよ」


ハリーは首をかすかに傾げてルーピンを見つめる。


「ドラコ・マルフォイがユーリをダンスパーティーのパートナーに誘っていたらしい」
「えっ」


ハリーは驚きの声をあげた。


(マルフォイが、ユーリを――)


「そんなこと、聞いてない!」
「ユーリは少し、内に抱え込むところがある子だからね…」


ハリーの絶叫とも言うべき言葉に、ルーピンは困った顔で手のひらで顎をさすりながら続ける。


「パートナーの誘いは当然断ったらしいが――パーティーの晩に校庭に連れ出されたらしいんだ。それで、どうやら『助けて欲しかった』と思うような出来事が起こったらしい」


スネイプに対してそう言っていたのを、ルーピンは聞いたらしい。
スネイプはユーリを助けることが自分にとって不都合だと、あえてその出来事を無視したと言い切ったという。


「人でなしだ」
「同意見だ」


ハリーがむすっと言ったスネイプへの批判に、ルーピンも素早く同意する。
ハリーは少し驚いた。
ルーピンは大抵の場合、スネイプに好意的にあたってきた人物だった。


「とにかくだ。ドラコがどうしてそういう行動を取ったか、わかるかい?」


(どうしてそういう行動に出たか…?)


ハリーは少し考えてげっそりと言った。


「…ユーリが好きなのかもしれない」
「えっ」
「えっ?」


ルーピンとハリーは互いに対して驚きあった。


「私が考えたのはね、ドラコは父親から、『ヴォルデモート卿の孫娘』に接触を図るように命令されていたんじゃないかということだ」
「ルシウス・マルフォイから?」
「ああ。彼女たちがワールドカップの会場で運悪く出くわしてしまったという話を聞いている。リーザが連れ歩くユーリを彼女の娘だと察するのはそう難しいことではない」


ハリーにとって、『アシハラ』は聞き慣れない外国のファミリーネームだが――『ツダ』だってそうだ。
三年生のときのバックビーク関連の出来事で、ユーリとルシウスには面識があった。


「そして、そうだとすると――来期もドラコがユーリに近づいてくる可能性がある。ドラコだけではなく、他のデスイーターの子どもたちもだが…。それにしても――」


ルーピンは疑問符だらけの顔でハリーに尋ねる。


「どうしてドラコがユーリに好意を持ってるかもしれないと…?」


ハリーはドラコがケナガイタチに変身させられた際、ユーリが彼を偽ムーディーから守った話をルーピンに聞かせた。
魔法生物飼育学の授業中、『尻尾爆発スクリュート』を前にした彼らが、仲良くなにかを語らいながらその世話をしていた話も付け加える。


「じゃあ尚更ユーリに近付いてもらっちゃ困る」
「まーた親父気取りか」
「黙ってなよ」


シリウスがルーピンをからかうように軽口を叩いたが、ルーピンはかなり冷たくそれに応えた。
シリウスには一瞥もくれず、本当に真剣な顔でハリーを見ている。


「ユーリに変なのがまとわりつきそうなときは追っ払ってくれ。ユーリは気が弱いわけではないが――少し優しすぎるし、誰かのいいところを見つけようとする質だ。…本当に変なのに近づかれたら困る」
「わかった」


鬼気迫る様子のルーピンに、ハリーは一も二もなく頷いた。
ルーピンはほっとした顔をして、任務に向かうべく厨房から出ていく。


「過保護だよな、ツダもリーマスも」


シリウスはハリーに向かってにやりと言った。


「ユーリは結構大人だ。ナルシッサの息子がちょっと甘い言葉吐いたくらいじゃひっかからないぜ。だいたい、そういう妙な『世話』を焼かれるのは嫌がるだろう」
「小さい子扱いされたくないって言ってたことがある」


ハリーは思い出しながら言った。
あれは、二年生の学年末の――秘密の部屋での出来事だ。


「今度そんなことしたら針千本飲まされる約束になってる」
「ほらな。ユーリのことは――針千本飲まされない程度に見ておけばいいさ。しかし、ユーリは案外過激なこと言うんだな?」


シリウスは最後に、くつくつと喉を鳴らして笑った。




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