もしもシリーズ
知ってはいけない秘密
また風邪を引いた。
女子寮で高熱で朦朧としているところを、同級の女の子たちが医務室まで連れてきてくれるのは何度目のことだっただろうか。
マダム・ポンフリーは悠莉に『元気爆発薬』を飲ませたあと、絶対に入院するべきと言い張って、悠莉をベッドに押し込めた。
頭痛のせいか、日中眠りすぎたせいか、なかなか寝付けない。
真夜中だ。
ベッドを囲っていたカーテンを少しだけ開けて、窓の外で輝く丸い月を見た。


(満月――より、ちょっと欠けてるかな…)


それでも雲のない、綺麗な月夜だ。
ほっと感嘆のため息をもらしたそのとき、悠莉はかすかなうめき声を聞いた。


(?)


眠り続けている間にいつの間にか入院仲間が出来ていたことに気付いて、悠莉は反対側のカーテンを開ける。
少し離れたところにあるベッドがカーテンに囲われていて、そこで悠莉のお仲間は眠っているのだろう。
マダム・ポンフリーの姿がないのは真夜中、彼女が自分の居室に引っ込んでいるからで、悠莉は絶え間なく続くうめき声に校医を呼んでくるべきではないかと考えた。


パジャマの上にガウンを羽織って、裸足のままベッドから降りる。
ひんやりした床が火照った足裏に心地いい。
ぺたぺた足を進め、ベッドを囲うカーテンに手をかけたとき――


「アシハラ!」


びくっと手を引く。
その手につられて、カーテンが少しだけ開いた。
なびくカーテンの隙間に、同級生のリーマス・ルーピンが眉根を寄せ苦しそうに眠っているのを悠莉は見る。
びっくりして固まる悠莉に、校医が足音を立てて近づいてきた。


「寝ていないと駄目でしょう…!」


校医がこそこそ怒鳴る。
悠莉は首をすくめて校医を上目遣いに見つめた。


「ご、ごめんなさい…。あの、うめき声がして…」


ちらっとリーマスに視線をやる。
パジャマの襟元から包帯が覗いているし、両腕もところどころ血がにじんで、パジャマの布地を汚している。


「リーマス、どうしたんですか…?なんでこんな大怪我…」
「あなたは寝なさい。ルーピンのことは私に任せておけば問題ありません」


校医は厳しくそう言って、悠莉の視線からリーマスをかばうようにカーテンをきっちりしめると悠莉を自分のベッドへ追い立てた。
悠莉は布団にもぐりこんで、開いたままのカーテンの隙間からまた月を見上げた。


(マダム・ポンフリーの態度…)


校医は友人の娘である悠莉に、これまで随分よくしてくれた。
あんな風に邪険に扱われたことなど一度もない。


(リーマスはどうしてあんな傷だらけなの?)


リーマスは穏やかで優しい性格の男の子だ。
喧嘩をすることはまずないし、巻き込まれるとも思えない。
ましてやあんな大怪我を負うほどの喧嘩など絶対に考えられない。
その上――。


(マダム・ポンフリー、どうして治療しないの?)


骨折だってものの数分で治してしまうのだ。
あんな血のにじむ傷を、どうして校医はマグル医療よろしく傷に包帯を巻いただけで放置するのだろう。


(マダムが治せない傷…?)


見つめ続けた月を見て、悠莉はあることを思い出した。
一年生のときの『闇の魔術に対する防衛術』で、人狼による噛み傷の処置法を学習したことだ。


(なにか、毒を持ってる魔法生物にやられたのかも…)


とても気の毒だ。
眠りながらも痛みにうなされているリーマスを思い出してもそう思う。
ただ、悠莉にはリーマスがあんなに怪我を負う原因となった魔法生物に検討もつかなかった。
生き物は例外なく好きで、魔法生物の図鑑をめくることが趣味と言い切れる悠莉なのに。


*


翌朝目を覚ますと、リーマスは医務室からいなくなっていた。
校医はリーマスの話題は全く出さず、悠莉は無事退院することになる。


「ユーリ!もういいの?」
「うん――授業丸二日休んじゃった…」
「ノートを見せてあげるわ。せっかくの土曜が勉強漬けになるのは気の毒だけど」


木曜、金曜と授業を欠席してしまった。
この土日で、リリーから借りたノートを見ながらなんとか遅れを取り戻さなければいけない。
さっそく談話室の隅のテーブルでリリーのノートと教科書を広げながら羽ペンを働かせる。
リリーは悠莉に対面して腰掛けて、そんな様子をのんびり見ていた。


「あ、リーマス!」


リリーがそう声を上げたので、悠莉は顔を上げた。
男子寮から出てきたリーマスは灰色のタートルネックのセーターを着ていた。
どことなく顔色が悪く見えるのは勘違いではないだろう。
今朝方まで、彼は医務室に入院していたのだ。


「お母さまのお具合がよくないと聞いたわ。もう戻ってきてよかったの?」


(お母さん…?)


悠莉にはリリーの言葉がよくわからなかった。


「あ、ああ。だいぶ落ち着いたんだ。それで今朝帰ってきた」
「それはよかったわね」


(今朝、校外から帰ってきた…)


ほっとした顔できれいに笑っているリリーと、控えめに微笑んでいるリーマスを見て悠莉は思案する。


(嘘、だよね?だって昨晩医務室にいた…)


彼が医務室にいたことはどうやら極秘事項らしかった。
それで、悠莉は気になったが質問するのはやめた。


「あなたも金曜の授業のノートを写したら?ユーリも木金の分勉強してるところなの。わからないところがあったら教えてあげる」
「そうだね、そうしようかな…」


見つめていたリーマスが、悠莉を見た。
ふわっと笑うリーマスが、悠莉にはどこか儚く見える。


「ユーリ、具合はどう?」
「すっかり」


目を細めて笑って見せると、リーマスは悠莉の隣に腰掛けた。


「いきなり寒くなったからね。僕も寒がりなんだ――」


自分のセーターの首の部分の布を指差しながら、リーマスは饒舌だった。
薄着は絶対にしない性質だとか、制服のときにマフラーは手放せないとか、長めの、顔にかかる髪はおしゃれではなく保温効果を狙ってのことだとか。
リリーはリーマスの話になんの疑いもなく相槌を打っている。


(素肌がほとんど見えない。傷を隠してる?)


悠莉は黙ってリーマスを見つめていた。
昨晩の出来事は夢だったのだろうか。
傷だらけで眠るリーマス、自分に対して冷たく対応する校医、どちらも悠莉が作り出した幻だったのか。


(…夢じゃないよ、絶対)


リーマスの傷のことは学校側が秘密にしておかなければならないと考えているように思える。
見つめられていることにリーマスが気付いたので、悠莉は慌てて笑顔を取り繕った。


*


(木曜日は授業を受けて、金曜日は丸一日お休みだった…)


だとしたら、あの傷は木曜の夜以降に負ったものだろう。
リーマスは木曜の授業が終わってすぐ、彼の母親の病状が思わしくないとホグワーツからいったん家に帰るのだと宣言したという。
ピーターにそれとなく探りをいれ、悠莉はそれを知った。


(木曜の夜――月がきれいだっただろうなあ…)


思考が明後日の方向に発展したことに我ながら苦笑いしたとき、悠莉はふと思いついた。
天文学のノートを漁って、学期始めに書き記した月の満ち欠け表を見る。
木曜の夜は満月だった。


(満月の夜、大怪我、誤魔化し、マダム・ポンフリーの態度、治せない傷――)


悠莉の思考は、あるところに行き着いてしまった。


(…人狼なのかも)


リーマスは悠莉と同じく、風邪を引きやすい体質なのだと思ってきた。
月に一度は必ず具合が悪そうにしているし、時折授業に出ない日もある。


(でも、そうだったからってなんなの?)


悠莉は自問自答した。
彼が性格のいい男の子であることは疑いようのない事実だ。
たとえリーマスが人狼だったからといって、悠莉は彼に対する態度を変えるべくもない。
癒者の母親が一度だけ病院から泣きながら帰ってきたことがある。
人狼になってしまった少年が余りに憐れであったという話だったと記憶している。
日常生活では普通の魔法使いとなんら代わりがないのに、少年の人生は苦難に満ちることになると――そう母親は泣いていた。


(秘密にしているのなら、踏み込んではいけない。人の嫌がることはしてはいけない)


伯母から教わった、人との関わり方だが。
あれこれ推量したことすら恥だと思って、悠莉は教科書に集中した。




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