BELLE STORY+
お年玉
「ちょっといいすか」


ウィーズリーの双子兄弟が莉沙にそう声をかけた。
どちらも真剣な顔をしているように見えるが、彼らの母親の耳に届かぬよう声を潜めているせいだろう。
きっと悪戯専門店関連のなにかで自分に相談事があるのだと莉沙は思う。
さっとモリーに視線をやると、鍋に向かって杖を振りながらジニーに皿出しの指示を出している。
彼らは明日にはホグワーツに戻るのだから、今が好機と考えているらしい。
それで、莉沙は気軽に応じてモリーに見咎められないように一緒に厨房を出た。
肖像画が大騒ぎするかもしれない廊下を無言で進み、客間に移動して双子兄弟を見る。


「どうかしたの?」


そう尋ねると、赤毛の一方が神妙な顔つきで口を開いた。


「聖マンゴで大人たちの話を聞いた」
「…なにを?」
「ハリーに『例のあの人』が取り憑いてるかもしれないって話だ」


少なからず驚く。
子どもたちには知らせない、不死鳥の騎士団のトップシークレットとして扱っていた案件だ。
例外は、莉沙の愛娘ただ一人。


「騎士団のメンバーが――子どもたちの前でそんな話を不用意に?」
「『子ども扱い』されてる俺らに直接話すもんか」


むすっとした顔で一方が切り出した。
子どもという単語にこれだけ反応するあたり、正真正銘のがきんちょだ。


「『伸び耳』で仕入れた情報です」
「ああ…」


もう一方の言葉で思い出す。
子どもたちの『伸び耳』には昨夏散々手こずらせられた。


「盗聴なんていい趣味してるわね」


莉沙が嘲りを含んで笑うと、双子はたちまち憤った。


「ユーリがハリーに対してしばらく普通じゃなかったのはそのせいだったんですね?ユーリが『あの人』に墓場で殺されかけた話は聞いてる――。『あの人』がハリーに取り憑いてるなら、ユーリがハリーに無闇に近づくのはいい考えじゃない」
「だいたい、少し変だと思ってた。自分の祖父が仕出かしたことに罪悪感抱いてまでハリーのそばにいるなんて。あいつにとって魔法界での生活はデメリットだらけなのに」


代わる代わる語る双子を前に、莉沙は少し感心してしまう。


「あなたたち、意外と賢い」


しかし、その発言は火に油だったらしい。


「あなたは…!」
「どうして俺たちにまで嘘言うんだよ!俺らは成年の魔法使いだ!」


怒れる双子を前に、莉沙は少し考えて口を開く。


「必要なときに、もっともらしく嘘を吐けるのが大人なのよ。覚えておいて損はないわね」
「はぐらかすな!」
「本当のこと言っておいたほうがよかった?」


莉沙はわざとらしく首をかしげて尋ねた。


「当たり前――」
「うちの娘がハリーと一緒にいるところを見るたびに、娘の親友が娘を殺してしまうかもしれないってことにハラハラしたかった?」


彼の言葉を遮って言うと、双子は少しだけはっとした表情をした。


「わたしは一応、あなたたちを気遣ってもいたの。わたしですら心配でたまらないのに――あなたたちにそこまでの重荷を背負わせる気はなかったのよ」
「…それでも」


しばらく押し黙っていた双子のうちの一人が眉根を寄せて口を開いた。


「本当のことを教えてくれてたら。あいつ、ハリーの隣で俯いて、申し訳なさそうにして――。それでも、ユーリの心の問題だって思ったらそこまで介入していけないだろ?」


この双子兄弟には『娘がハリーに対して罪悪感を持っているせいで彼との接し方に迷いを抱いている』というような説明をしていた。
娘とハリーの友情を信じる彼らなら、あの説明では娘がハリーと向き合えるように適度に放置してくれていたことだろう。
そう莉沙が思案していると、双子の一方が更に続けた。


「ちゃんと事実を知ってたら同級生の輪からもっと連れ出してた。だいたいそんなことたった一人で抱え込んで――俺らが事情を知ってるって思えば、あいつも俺らに愚痴言ったり出来た。少しは心強かったかもしれない…」


なにやら自分を責めるような口調で喋っている赤毛の男の子を一瞥する。


「あなた、どっち?」
「は?…フレッドだけど」
「そう、フレッドね」


先ほどから少し乱暴な調子で喋っている方がフレッドだという。
娘のダンスパーティーのパートナーだった男の子だ。
この双子は鏡合わせのようにそっくりな容姿をして怒っているが、フレッドは事情を知ってさえいれば出来たことがあった、と悔しさで更に怒っているようだし、ジョージは子ども扱いで信用してもらえなかったのが悲しいというような表情を織り交ぜている。
いくらそっくりでも別個の人格なので、感じ方がそれぞれ違うのだろう。
このフレッドという男の子が格別に信頼が置ける人物だと感じて、莉沙は眉を下げた。


「もちろん、お礼を述べるべきだと思っているわ。あなたたちを過小評価していたことも謝りましょう」


そこで、莉沙は深く頭を下げた。
しばらくして顔を上げると双子は揃って驚き顔で莉沙を見ていた。
日本式の謝罪方法に面食らったのかもしれない。


「ごめんね。でも、これが血の因果なの。あの子自分でこの世界で生きていくって決めたんだもの。精神的に強くなってほしかった。学生になって、わたしの目の届かないところにいることのほうが多いでしょう?あの子の血筋では、周囲からは少しばかりの援助しか受けられないことの方が多いんだって理解させたかったの」


双子は絶句に近い顔で莉沙を見ている。
莉沙のことを鬼か悪魔かと思ったに違いない。


「もちろん、根を上げたら日本に連れ帰ろうって、そう思って。忘却術使ったって、この世界のこと忘れさせて平和に過ごさせてあげようって思った。でも、うちの娘、見かけによらず強い子だから…」


苦笑いして、莉沙は更に続ける。


「娘にはハリーの目を見てはいけないという制約を設けていたの」
「目を?」
「そう。大抵の場合、精神同士で接触するときにする仕草がそれだから。アクシデントで娘はハリーと目を合わせてしまったんだけど、大丈夫だった」
「大丈夫だった?…ああ、だからあいつ、にこにこするようになったんだな?なんか吹っ切れたんだろうって思ってたけど…」


フレッドが拍子抜けした声で言った。
それに柔らかく笑って、莉沙はフレッドとジョージを交互に見る。


「二人とも、本当にありがとう。娘の苦悩を、あなたたち二人が随分軽減してくれた。二人が時間稼ぎを手伝ってくれたお陰で娘とハリーは普通の友だちに戻れたの」
「いや、別に…」
「なんもしてないですし…」
「まさか!本当に感謝しかないわ。ところで、」


はっとあることを思い出し、莉沙は眉根を寄せて切り出す。
双子は莉沙の表情の変化におののいたようだった。


「くそ忌々しいガマガエルがわたしの娘に言いたい放題だって話を小耳に挟んだのだけど」
「ああ…」
「アンブリッジ…」
「目に物見せてやりたい――。けど、わたしが得意な呪いって成人してからやったら絶対前科つくのよね…。学生時代はやりたい放題だったけど、魔法省はホグワーツほど甘くないだろうし…。娘もきっと嫌がるものね」


双子には冗談とも本気とも取れない発言に聞こえたようで、軽く引いている。
肩を竦めて、話はおしまいの合図をして、晩餐の準備に戻ろうとドアノブを握ったとき、莉沙はある出来事をようやく思い出した。


「そうそう、『お年玉』あげるわ!」
「「『オトシダマ』?」」


空中から羽ペンと羊皮紙を取り出して、莉沙はある男の連絡先をさらさら書き込みながら言う。


「年長者から年若き者たちへ、新年のプレゼントよ」


差し出した羊皮紙はフレッドが受け取った。


「なんだこれ?」
「わたしの学生時代の友人で、ダイアゴン横丁に土地を持っている男がいるの。騎士団の活動で再会したんだけど、あなたたちがいい話の種になってね」


ちんぷんかんぷんの表情で自分を見つめ返す双子に、莉沙はにっこり笑う。


「彼の話では、ダイアゴン横丁の唯一のジョークショップの店主たちは高齢で、引退を考えてるみたい」
「『ギャンボル・アンド・ジェイプス悪戯専門店』が?」


ジョージは半ば絶望の声だった。
あの店の『ドクター・フィリバスターの長々花火』はロングラン商品なので、彼もあの店のファンの一人だったのだろう。


「そう。独創的なアイディアを思いつくには若さが必要なんでしょうね。それで、そこに取って代われる新たな経営者を探してるんですって。ダイアゴンといえばイギリス魔法界の一等地でしょう?彼ね、あなたたちの話聞いてみたいって言ってたわ」
「「えっ」」


双子は驚きすぎて固まった。
正にその表現が相応しいだろう。
その面白い様子に莉沙は笑ってしまって、ようやく表情を整えたときにも双子は固まったままだった。


「あなたたち、あと半年で卒業でしょう?娘から手紙が来たけど、校内でもジョーク・グッズ結構人気があるみたいじゃない?わたしも、あなたたちはなかなか上手くやるんじゃないかって思うわ」


双子は羊皮紙と莉沙を交互に見ている。
だが、莉沙にはその瞳がきらきらし始めたのがわかった。
莉沙はそれを見て、また小さく笑う。


「まあ、気の長い男だから三、四年先までは話が通じると思うわ。割り込みさんがいなければね。あ、モリーとアーサーにわたしからその羊皮紙受け取ったこと喋っちゃ駄目よ」


アーサーはともかく、モリーにがみがみ言われるのは応える。
六人の息子と一人の娘を育てているだけあって、あの熱気溢れる正義感には鬱陶しささえ感じることがあるのだ。


「喋るくらいなら燃やしなさいね!」


聞こえているのかいないのか、という様子の双子に肩を竦めて、今度こそ厨房に向かうため莉沙は双子を置き去りに客間を出た。


***


閉心術*04で夢主がシリウスと話している間に、ママのほうは双子とお話してました。
夢主のハリーへの態度はパーバティたちには『恋する女の子』風に見えていたようですが、微妙に事情を知らされていた双子たちには申し訳なさそうに縮こまっている可哀想な子に見えていたみたいです。




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