BELLE STORY+ 弟分「ルーピン、就任後はハリー・ポッターの動向を見張ってよね」 その莉沙の呟きで、リーマスは仰天した。 リーマスは夜更かしした。 イギリスに出勤した莉沙が帰ってくる時間になっても起きていた。 彼女の愛娘はとっくに寝ているころだろう。 「…私がハリー・ポッターのなにを見張るんだい?」 「わたしの愛娘に無礼な口を利いてないかよ!ハリー・ポッターはあのジェームズ・ポッターの息子なのよ!」 莉沙の娘の話にたびたび登場するハリー・ポッター。 よく行動を共にしているらしいが、娘の口から彼の悪口を聞いたことはない。 しかし、だからと言って、ハリー・ポッターが娘の友人に相応しい性格をしているかどうかはわからないのだ。 娘は優しい性格で、人を悪く言うことは滅多にない。 成長してからは母親である莉沙にも愚痴を漏らすことがなくなってしまった。 「言い過ぎじゃないかい?」 リーマスは顔をしかめた。 「ジェームズがやり過ぎることは確かにあったけど、勇敢で、能力のある人だった。私の自慢の友人だったよ」 「あいつが勇敢だったらしいのを否定する気はないわ。でもいけ好かない性格だったのは確かでしょ!性格の悪い奴だったもの――」 リーマスの苦言を倍返しにしてぎりぎり歯噛みする莉沙にリーマスは少しはひるんだが、それでも続けた。 「ハリーは一歳で両親と死に別れたんだ。赤ん坊のときのハリーの顔かたちはジェームズにそっくりだったけど、性質までそうだとは――。そういうのは母親からも引くわけだし」 「ジェームズ・ポッターなんかと結婚した浅慮な女性は、あんたがそこまで言うほど性格がよかったんでしょうね?」 腕を組み、挑むように言う莉沙を、リーマスは呆然と見つめた。 「知らないの?それとも、ジェームズと結婚したから嫌いになってしまったのか…?」 「は?なんのことよ」 「…リリーはジェームズと結婚した。ハリー・ポッターの母親はリリー・エヴァンズだよ」 (な、) 莉沙の頭に殴られたような衝撃が走った。 「…リリーが、ポッターと結婚?嘘でしょ…」 「どうして私がそんな無意味な嘘をつくんだい…」 ショックで呆然としている莉沙を見て、リーマスは心底驚いた。 知らないとは思わなかった。 ポッター家に起こった悲劇は魔法界の誰もが知っていることだ。 「…どうしてリリーがポッターと結婚したのよ…。あいつとくっつく可能性なんて少しもなかったじゃない、まだスネイプのほうが望みがあったくらいで…」 「…七年生のときにはジェームズの傲慢が少しはおさまっていたんだ」 「それにしたって…」 頭を押さえて呆然としている莉沙に、リーマスは恐る恐る尋ねる。 「今の今まで知らなかったの…?」 「悪い?どうせ旧友たちに居場所も告げず、マグルの世界に逃げおおせていましたとも…」 俯いてぶつぶつ言う莉沙が今にも大爆発を起こす気がして、リーマスは気が気ではなかった。 「そうではなくて…。あの魔法薬研究所に勤めて丸二年だと聞いた。その間、友人の消息を辿ったりは…?」 「…出来なかった――怖くてね。わたしって、臆病者だから」 「そうとは思わないけど…」 リーマスはしまったと思った。 彼女が魔法界を離れている間に、大勢死んだ。 友人たちの消息を辿るのは、その生き死にを調べることと同義だっただろう。 「日本に帰ってきてからは、親戚とだけ連絡を取り合ってた。わたしに好意的だった母方の親戚は従姉のアンドロメダくらいだけど。彼女と、手続きで魔法省に行ったとき再会出来た友人が数人。それがこの二年間でわたしが再会を果たした旧知のすべてよ」 ポッター家の悲劇を知らないということは、莉沙はなぜシリウスがアズカバンに捕らえられているのかも知らないだろう。 リーマスはそう思った。 それどころか、シリウスがアズカバンに収監されていることすら知らないかもしれない。 ピーターが死んだことも知っているとは思えない。 (それならそのほうがいい) 莉沙からリーマスが最後にかけられた言葉は『友人を大切にするように』という趣旨のものだった。 親友たちの半数が死に、リーマスがそれから一人きりで生きてきたことを莉沙に知られたくはない。 「本当のところを言うとね」 莉沙の言葉でリーマスは現実の会話に戻ってきた。 穏やかに微笑んでいる莉沙を見つめて、首をかしげる。 「あなたにもまた会えて嬉しいわ、ルーピン」 (!?) リーマスは驚きすぎて固まった。 莉沙は学生時代によくしてくれた先輩だったが、再会し、彼女の娘と引き合わせられたときに切ない気分にさせられた。 学生時代、『実験台』という物騒な言葉を使ってはいたものの、莉沙はリーマスを恐れてはいなかった。 その莉沙が、彼女の娘の前で自分に辛らつに当たるのをリーマスは感じて『彼女も母になり守るべきものが出来たのだからそれまでとは同じ扱いをしてはくれないのだ』と察したのだ。 『人狼』という生き物は、自分の大事なものからは遠ざけたい、忌避されるべき生き物だ。 しかし莉沙は自分に再会出来て嬉しかったと、清らかな笑顔で言っている。 「と、とてもそんな態度じゃ…」 焦って口ごもったリーマスが、再会したときの自分の態度を言っているのだろうと莉沙は思った。 娘の手前、大げさにはしゃぐことは出来なかったが――それでも、莉沙にとってこの男との再会は『弟』との再会に近かった。 「自分の父親以外の男と仲良く喋る母親の姿なんて、娘の精神衛生上非常にいただけないわ!愛娘の心中を慮ればこそ、わたしはああいう態度に出たのよ」 意気揚々そう言いきって、莉沙はにっこり笑う。 リーマスは少しだけ笑顔になったあと、頭が痛くなって額を押さえた。 「母親が不機嫌な顔してるの見るほうがよっぽどだって、私は思うけどね…」 「聞こえなーい」 そう言って笑う莉沙にリーマスは苦笑いを返すしかなかった。 *** 三年生に上がる前の夏休みのママとリーマスの会話です。この時点でまだシリウスは脱獄してません。このあとポッター家の悲劇について裁判記録まで漁り、スネイプとの戦い(番外編:豹と蝙蝠)に移行します。笑 親世代夢主はリーマスとの再会を密かに喜んでいたわけですが、子世代夢主の心境を考えるとにこにこはしていられなかったようですね。笑 ← | top | しおりを挟む | → |