もしもシリーズ
チョコレートの女の子
「では三人組を作って作業を――代表者がドラゴン革の手袋を前まで取りに来てください」


ホグワーツでの新生活が始まって三日。
初めての薬草学の授業でのスプラウト教授の声に僕は慎重に周囲を窺った。
グリフィンドールの一年には確かに三の倍数の生徒が在籍しているが、男女の生徒は三できっちり割り切れる人数ではない。
男子が七人、女子が五人だ。
男子と女子がなんとなく分かれて固まっているグリフィンドール寮に、ちょっとした緊張が走った。
最低でもどこか一組、男女混合でグループを作らなくてはいけない。
ここ最近行動を共にしている面子はジェームズ、シリウス、ピーターだが、もうこの時点で四人のうち誰か一人は別の生徒の輪に潜り込まなければならない。


「エヴァンズ!僕と組もうよ!」


唐突にジェームズがリリー・エヴァンズに向かって声を張った。
ジェームズはここ三日、暇さえあればエヴァンズの話をしていた。
単純に顔が好みらしいというのが僕の推測で、彼女が学年一の美少女だということは間違いないだろう。
この好機にお近づきになろうという魂胆らしかったが、当のエヴァンズはジェームズを一瞥して露骨に嫌そうな顔をした。


「嫌よ」


好意を向ける女の子にすげなく断られたことでジェームズがしょぼんと丸くなったのを見る。
ジェームズはホグワーツ特急でスリザリン生と取っ組み合いの喧嘩を披露したらしかった。
偶然にもその場に居合わせたエヴァンズはそれ以来ジェームズのことを『物事の解決を暴力で訴える人物』だと捉え嫌っているらしい。
ここ三日、エヴァンズは朝食の席で隣に座ろうとするジェームズに例外なく厳しい態度に出ているが、あれだけ怯まず玉砕覚悟で突進できるのだからジェームズの前向きな考え方にはある種の尊敬すら覚える。


「振られてやんの」


シリウスはしょんぼりしているジェームズをにやにや小突いた。
ジェームズはシリウスを鬱陶しそうに追いやっている。


「エヴァンズの代わりに俺が組んでやるって。あと一人は――」


シリウスの言葉はそこで途切れた。
自分の袖口を掴んでいるピーターに気づいたからだろう。
シリウスは少し申し訳なさそうな顔で僕を見た。


「僕、女子二人のところに混ぜてもらうよ」
「そ?」


僕がそうさらっと言うと、シリウスは自分の袖口からピーターを振り払った。


「ピーター、手袋三組もらってこい」
「うん!」


満面の笑みで駆け出していこうとしたピーターが堆肥の袋につまずいて転んだ。
シリウスがやれやれという顔でピーターを助け起こしている。


ホグワーツにアルバス・ダンブルドア校長の好意で入学できることが決まったとき、僕はあることを決心した。


(周りと仲良くなりすぎない。付かず離れずの、相手に不快感をもたらさない距離感で同級生たちと付き合っていく)


僕は人狼だ。
魔法界においては忌避されるべき存在で、両親は僕を育てるのに随分苦労している。
同級生たちとあまり仲良くなりすぎてもいいことはない。
僕の事情が周囲に知られることがあれば、僕はホグワーツを去ることになっている。
そういう約束を、ダンブルドア校長と交わしている。
周囲を冷静に見つめて一歩引いて同級生たちと付き合っていくのが僕にとって最善の方法だ。
付き合いが悪すぎていじめられっこになる気もないけど。


(女子で二人組は…)


「あの、ミスター・ルーピン?」


声をかけてきたのは小さいアジア人の女の子だ。
満月の事情で発育不良ぎみの僕と比べてもうんと小さい。
確か、名前は――。


「ユーリ・アシハラ?」
「正解!余ってるんだよね?わたしたち、二人なの。一緒に組もう」


ユーリ・アシハラはにっこり笑って僕の手を引っ張る。
そのときチョコレートのような甘い香りがふわっと漂ってきて、僕はその発生源を探すがドラゴンの堆肥の匂いが混ざって探し当てられない。


(なんでチョコレート…?)


生徒の誰かが持ち込んでいるのだろうか?
この蒸し暑い温室に?
授業中匂いがするほど大量に?
多分そんなことをする生徒はいないだろう。


(そういう匂いがする植物があるのかも)


だがそれなら、これだけ強く香っているチョコレートの匂いに誰も気付いていない様子なのはいささか変だと首を傾げる。
引っ張られ続けるままに動いていた僕の足が止まったことに気づいた。
温室の後方の隅にエヴァンズが腕組みして佇んでいた。
ガラス越しの日光が長い赤毛に反射してきらきら光っている。


「あら、あなたが余ったの?」
「うん、そうなんだ」
「よかったわ。ユーリがあのメガネを連れてきたらどうしようかと思ってたところ」


エヴァンズは不敵に笑った。
それを見て、アシハラが渋い顔をしたのを僕は見た。


「リリー、ミスター・ポッターをそんなに嫌わなくても…」
「ああいうタイプの人間って嫌いなのよね!本を読んでただけの人に突然突っかかってきたの、ユーリだって見たでしょう!」
「白昼堂々闇の魔術の指南書読んでたミスター・スネイプにも、ほんのちょっとだけ問題あったよ…?」


エヴァンズはアシハラのその言葉を無視した。
きっとジェームズがホグワーツ特急で殴り合いの喧嘩を披露した相手がスネイプという人物なのだろう。
まあ、今はそんなのどうでもいい。


「えーっと、リーマス・ルーピンだよ。よろしく」
「よろしくね、リーマス。知ってるかもしれないけどリリー・エヴァンズよ。リリーでいいわ」
「リリーでいいの?」


アシハラがびっくり顔でリリーを見上げた。


「リリーは男の子にファーストネームを呼ばせない主義の女の子なのかと思ってた」
「あのメガネにリリーって呼ばれたくないだけ」
「はは…」


アシハラが肩を落として乾いた笑い方をした。
僕はこのどうにも居づらい空気の入れ替えを目論む。


「僕手袋を貰ってくるよ」
「あ、お願い」


ドラゴン革の手袋を三組、スプラウト教授から受け取って温室の後方に引き返す。
またあのチョコレートの匂いがしはじめて、僕のほうに振り向いた人物を見て、僕はようやく気付いた。


(この子だ…)


このチョコレートの匂いは、どうやらユーリ・アシハラが原因らしかった。


「あ、リーマス――でいいのかな?とにかく手袋ありがとう!」


この子が笑うとチョコレートの匂いがぐんと強くなる。


「…ねえ、きみチョコレート持ってる?」
「チョコレート?」


アシハラはきょとんとした。


「ごめんね、チョコレートは今は持ってない。好きなの?」
「授業中にお菓子食べようとしないで」


リリーがむすっと僕を見たので、慌てて首を振る。


「言いがかりだよ。そんな匂いがしたもんだから」


そんな匂いする?とか、そんなことを言い合いながらリリーとアシハラは顔を見合わせて首を傾げている。


「あの、えーっと、ユーリ?」
「ん?」


僕を見てふんわり笑ったユーリから、またチョコレートの匂いがした。


(間違いなくこの子だ)


一瞬固まってしまったけど、僕はどうにか彼女に手袋を差し出した。




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