番外編 03『娘は優しすぎるの。自分が我慢して事が収まればそれが一番いいと思ってる子だし――。ザカリアス、娘に害をなす不逞の輩を見つけたときには、わたしに連絡をくれない?』 そう口に出したリーザの瞳はぎらぎら光っていた。 一も二もなく頷いたのを、つい先ほどのことのように覚えている。 「あなたも聞いた?ユーリ・アシハラの話」 ホグワーツ特急のコンパートメントでそう言ったのがハンナだ。 「女王さまの娘だったって話?」 「そう!『リーザ』に会った?夏休みうちに来たの!」 「うちにも来たぜ。いじめっこ情報が欲しいとかなんとか」 俺は鼻で笑って肩を竦めた。 ハンナは刺々しい目つきで俺を見ている。 アーニーもだ。 「『リーザ』がそう思うのは当然だ。だって、新聞にあの記事が載ったんだ」 ユーリ・アシハラが『例のあの人』の孫娘だと暴露する記事が夏休みの日刊預言者に載った。 あの記事から該当者を絞り込むのは難しいことじゃない。 ホグワーツはイギリス人以外を探す方が難しい学校だ。 アシハラは完璧に聞きなれないファミリーネームだし。 「それでもユーリ・アシハラをどうこう出来る生徒がいるとは思えないね。『例のあの人』の孫だってだけでも一般にとっちゃ恐るべき存在だし、あの子が人好きのする性格だってことは知れ渡ってるだろ?セドリックは本当に可愛がってた――」 セドリックのことを考えると胸が痛む。 彼は今年の首席間違いなしの優等生だったし、クィディッチチームのキャプテンを今年も任されるはずだった大好きな先輩だった。 「…もちろんハッフルパフは知ってる。いじめるどころか擁護に回るわ。『リーザ』にもセドリックにもお世話にならなかった寮生はいないもの。問題は――グリフィンドールよ」 「グリフィンドール?」 ハンナは深刻な顔だ。 「ハンナと夏休みに話したんだけど、あの寮の出身者は闇の勢力に抵抗して亡くなった人が多い。『勇猛果敢』がグリフィンドールの寮訓だからね」 アーニーは物憂げに言った。 ただ、なにを言わんとしているのかはよくわからない。 「正直なところ、ユーリ・アシハラにとって危険な存在に成り得るのはスリザリンよりレイブンクローより、グリフィンドールじゃないかと思う…。『あの人』の犠牲になった人たちの血縁者がたくさんいる…。叔母もそれを心配していて」 そう話すスーザンは魔法省の高官の叔母がいる。 (グリフィンドールがより危険、ねえ…) 確かに、それはそうかもしれない。 リーザもそれを心配した可能性がある。 彼女はわざわざハッフルパフ生である俺らに『お願い』をしにきた。 「それで、『ユーリ・アシハラ防衛隊』を結成することになった」 「へ?」 アーニーが芝居がかった口調で言った言葉に目が点になる。 「なんだよ、その防衛隊って…」 「ハッフルパフに逃げて来られるようにするのよ!ユーリ・アシハラがグリフィンドールに居づらくなったときに!」 「寮の変更って出来るのかしら?わたしたちの寝室にベッドを一つ増やすくらいは難しくないけど」 (話飛躍しすぎだろ!) とは口に出せなかった。 そんな割り込み方したらこの熱気溢れる連中にぼこぼこにされそうだ。 * 「おい、ハッフルパフ生」 「こいつになんか文句あんのか?」 アシハラの左右に立ったのは人間ブラッジャー・ウィーズリーの双子兄弟だった。 腕組みして威嚇してくるこの二人のことは有り体に言って嫌いだ。 だいたい、クィディッチ杯を競い合う各寮のクィディッチ選手たちはみんな敵同士だ。 がっちりした体格のいい上級生に睨まれてハンナとスーザンは怯んでいる。 (こっちはアシハラに百パーセント善意で声掛けてるんだ。睨むことあるか?) いらいらして睨み返す俺たちと双子兄弟の間に火花が散っていることに気がついているのかいないのか、アシハラは大慌てで仲裁に回った。 アシハラが笑顔で礼を言って、朝食を取るべく退場したあとも俺たちと双子兄弟のにらみ合いはなんとなく続く。 * そこからしばらく、ハッフルパフ勢はアシハラと授業の合間に挨拶する程度の接触しか出来なかった。 唯一の合同授業である『薬草学』はハッフルパフ寮監の担当教科だ。 O.W.Lを控える学年になったことが関係するのだろう、スプラウトはハッフルパフ寮生全員がその日の授業の課題を仕上げるまでハッフルパフ寮生全員を温室に拘束する構えだ。 ハッフルパフ生に対する贔屓だが、グリフィンドール生はスプラウトが自分たちの寮監でなくてよかった、という晴れ晴れした顔で一足先に温室から出て行く。 大広間でもアシハラと話す機会はなかなか訪れない。 なぜか夕食どきの大広間にはアシハラもポッターたちもいないし、久々に大広間でアシハラを見かけたと思うときにはその両脇を双子兄弟が固めていて、いかつい二人が辺りを散々睨み散らしているのだ。 アシハラが二人に顔を向けると双子兄弟の顔がぱっと変わるので、アシハラは二人がどんな凶悪な顔で周囲――他寮生を威嚇しているのかには気づいていないだろう。 そう、その姿はまるで――。 「番犬みてえ…」 「その通りだわ。どうしてわたしたちを睨むのよ。自分の寮の生徒を先にどうにかしなさいよね!」 ハンナはめちゃくちゃ怒っている。 あの双子兄弟はグリフィンドールの一部生徒がアシハラやポッターを見てひそひそやっているのをまるで無視している。 「…『グリフィンドールの番犬兄弟』」 スーザンがぽつりと呟いた言葉に、俺たちはみんな納得して頷いた。 こうして結成された『ユーリ・アシハラ防衛隊』の目下最大の敵は『グリフィンドールの番犬兄弟』となった。 ***** ハッフルパフ生たちの行動原理。 ザカリアス・スミス視点でお送りしました・ω・; 肖像画の『リーザ』とセドリックの功績でハッフルパフ生は夢主に好意的なわけですが、特にセドリックがハッフルパフ生にどえらい影響を与えています。 秘密の部屋バレンタインのアーニーの『危ない』発言、アズカバンの年のクリスマス前デートやクィディッチ試合後の医務室でのやりとり、賢者・炎ゴブの年の同じタクシーで駅までやってきたりで夢主は『セドリックのガールフレンド(予定)』疑惑をかけられていたわけです。 セドリックの方もばっさり否定するわけではなく、『妹みたいに可愛がってる』と公言していたのでハッフルパフ勢は『忘れ形見を守る』的な心情に駆られています・ω・; まさか双子が他寮生を睨み散らしているとは、夢主は気づいていませんд ← | top | しおりを挟む | → |