番外編
防衛戦線異常ありすぎ(ザカリアス・スミス/ハッフルパフ)
01
「新聞は魔法省の影響を受けていて嘘っぱちの記事しか載せないわ。魔法大臣はダンブルドアが自分の地位を脅かしたいのだと、筋違いの妄想を展開している」


客間から響く女性の声。
起き抜けに聞くその声にどこか聞き覚えがある気がした。
父は仕事で外出している時間だ。
対応しているのは母だろう。


「あいつの復活について明確な根拠を挙げられるわけではないから、信じるか信じないかはあなたたち次第。でも、わたしがわざわざあいつの話を蒸し返している意味を感じ取ってくれたら――」


(あいつの復活…?)


つい最近、そういう話を聞いたばかりだ。
ダンブルドアがハリー・ポッターの目撃証言を根拠に、学年末の大広間で『例のあの人』の復活を宣言した。
我がハッフルパフは、尊敬すべきヒーローだったセドリック・ディゴリーを亡くした。


「…あなたがわたしに嘘を教えたことはなかったわ。成績が悪いわたしにも、あなたは嫌な顔一つせずに勉強を見てくれた。大好きな先輩だったし、今でもそうよ。あなたがそれが真実だと言うなら、わたしはそれを信じる――」


母は震える声でそう告げた。


(正気か?)


どこの誰とも知れない、そんな女の言葉で。
思わず客間のドアノブを握る。
ドアを開け放す前に、また母の声が耳に入ってきた。


「でも、わたしに出来ることがあるとは思えないの…。わたし、馬鹿だから呪文もへたくそで、決闘に使う部類の呪文は全然マスター出来なかった…。命を大事にしたいの――わたしには守るべき息子がいる。ごめんなさい、リーザ」


(リーザ…!)


ぱっと浮かぶ肖像画。
清らかに美しく微笑む一人の女性。
リーザ・ツダはハッフルパフ談話室に鎮座する、『ハッフルパフの女王』の名を冠す肖像画に描かれた女性の名前だ。


「もちろんよ、それでいいの!命を投げ出して戦えなんて言うつもりはないわ!信じてくれるだけでも本当に力になるの――魔法省が異常なこの時世では」


握ったままだったドアノブを捻って、ドアをぱっと押し開ける。
ドアの軋む音に気づいて、すぐ目に入ってきた濃い金髪の巻き毛の女性が振り向いた。
肖像画より鮮やかな紫の瞳が、俺を見つけた。


「ザカリアス!」


母が焦って立ち上がった。


「大事なお客さまとお話しているところなの!上へ行ってなさい――」
「待って、ご子息にもしたい話があるの。気を悪くしないで欲しいんだけど、わたし、ホグワーツにお子さんをやってる家庭を優先的に回っていて」


母は俺を上階へ追いやろうとしたが、それを『リーザ』が阻止した。
どこかで聞いた声だと思ったはずだ。
丸四年、俺は肖像画の『リーザ』に朝と晩、欠かさずに挨拶をしてきた。


「『リーザ・ツダ』…。本当に存在する人だったんだ…」


呆けた俺が口に出したその一言に、『リーザ』は美しく笑った。
学生時代の肖像画より幾分年齢を重ねているが、美人は美人に間違いなかった。


「はじめまして、ザカリアス。わたしを知っているのなら、ハッフルパフ寮の生徒なのね?」
「はい。クィディッチチームの選手です。『あなた』はよくアドバイスをくれる――」


現実のリーザは一瞬きょとんとして、それから納得したように微笑んだ。


「わたし、学生時代クィディッチが本当に好きだったの。クィディッチ杯を持ってこいとか、好き勝手に言ってるんじゃない?」
「『リーザ』は一緒に落ち込んで、それから励ましてくれます」


そう聞いて、リーザはほっとしたようだった。


「描き手の意思が反映されているから、現実のわたしより余程優しいかもしれないわね、肖像画のわたしは」
「あなたはいつでも優しい先輩だったわ!」
「ありがとう。…ああ、話が逸れたわ」


母の援護に微笑んだあと、リーザは物憂げに自分の頬を一撫でして、決心したように顔を上げた。


「ザカリアスと話をしても?」
「もちろんよ、ね?」
「はい」


頷いた俺を真っ直ぐ見つめて、リーザは切り出した。


「わたしの名前はリーザ・ツダ。ハッフルパフの出身で、首席を任されていたわ。えっと、ここまでは知ってるでしょうけど…」
「知ってます。…あなたの身の上も。母が話してくれたことがあります――」


リーザは弱りきった顔をして、頭をかいた。
リーザ・ツダの父親は『例のあの人』だ。
この人は『例のあの人』を嫌い抜いた人物らしいので、彼女が彼の話を蒸し返すのなら彼が復活したというのが真実なのだろう。
ポッターによる目撃証言よりよほど信憑性がある。


「わたし、娘がいるの。ホグワーツに通っている」
「「えっ」」


俺と母が驚きの声を上げるのが同時だった。


「次、五年生になるわ。グリフィンドールの」
「五年生?息子もそうよ」


(グリフィンドールの同級の女子――)


パチルとブラウンは純血の魔女だ。
グレンジャーも違う、マグル生まれで二年生のときスリザリンの怪物に襲われた。
じゃあ、残るは。


『妹みたいに思ってる。本当に可愛い子なんだ』


セドリックのいつかの呟きと共に一人の女子生徒が浮かび上がった。


「ユーリ・アシハラ!」


俺がそう声を上げると、リーザは誇らしげに笑った。




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