番外編
あの子の話
二年生のときに起こった、学校中を震撼させたあの事件。
あの『秘密の部屋』事件に伝説の怪物『バジリスク』が関わっていたらしいというのを小耳に挟み、探究心が疼いた。


僕は『怪物』というのに弱い。
ドラゴンとか好きだし、一年生のハロウィーンにトロールが校内に侵入したと聞いたときは人の波に逆らってトロールを見に行こうとしてその年の監督生にとんでもなく怒られた。


『怪物』、その上『伝説』とかいう枕詞がつくのだから、その話題を聞いてもう居ても立ってもいられなくなり、僕は深夜の図書館に忍び込んだ。
一般的な魔法生物の本にバジリスクについての記載はない。
『伝説』だからかもしれない。
それで、生徒は閲覧に許可がいる禁書の棚に向かったのだ。
深夜の図書館に忍び込んだのはフリットウィック先生に閲覧許可を願い出るのは面倒で、回りくどいと思っていたからだ。


まあ、知らなかったよね。
司書さえいなきゃ閲覧し放題だと思ってた禁書の棚に、許可なき者を排除する魔法がかかってるなんて。
見回りをしてたらしいフィルチに速攻で見つかって、首根っこつかまれて連れてこられたのが深夜の校長室だった。
寝巻き姿のアルバス・ダンブルドア校長は僕の目を見て本当に面白そうに笑ったあと、フィルチを下がらせて僕に椅子をすすめた。


「さあ、お掛け」
「あの――夜中にすみません…」
「『バジリスク』について知りたかったのじゃな?」
「どうして――」


心を見透かされたことには心底驚いた。
しかし同時に納得もした。
彼は百戦錬磨の大魔法使いだ。
『開心術』に心得があってもおかしくはない。


「あの、はい――そうです。『秘密の部屋』事件のスリザリンの怪物がバジリスクだったらしいと聞いたので…」
『"「バジリスク」とな?"』


唐突にダンブルドア校長以外の声が聞こえ、飛び上がってあたりを見回す。
僕を見て面白そうにしていたのはなにもダンブルドア校長だけじゃなかった。
校長室の壁にかかった肖像画の歴代校長たちが、みんな揃って僕を見ている。


『"そこにある剣をご覧――「グリフィンドールの剣」だ。ハリー・ポッターはその剣でバジリスクを成敗した。同級生のユーリ・アシハラと共に――"』


その赤鼻のでっぷりとした校長の肖像画は、愉快そうに校長室の壁に飾られた剣を指差したあと手を叩いた。


(ハリー・ポッターがバジリスクを――)


ポッターは目立つことに執念を燃やす、あまり好ましくはない男子生徒だ。
しかし、伝説の怪物であるバジリスクを成敗したというなら評価を変えてもいいかもしれない。
だが――。


「ユーリ・アシハラ?」


名前には聞き覚えがある。
ルーン文字学で同じクラスになる、グリフィンドールの女子生徒だ。
授業中に手を上げまくって加点されているハーマイオニー・グレンジャーの隣にちんまり座っている女の子で、死ぬほど目立たない。


『"彼女がスリザリンの継承者に飛び掛って、杖を振らせなかったという話だ。いやはや、あっぱれ――"』
「お喋りが過ぎますぞ、デクスター」


ダンブルドア校長が朗らかにそう声をかけると、デクスター・フォーテスキュー校長の肖像画は不承不承黙った。


「ミスター・ブート。今後、禁書の棚の書籍に興味があるときには閲覧許可を願い出ること」
「はい」
「探究心があるというのは尊いことじゃ。ルールさえ守ってくれればわしが言うことはなにもない」


最後に穏やかに笑って、ダンブルドア校長は僕を解放した。
校長室からレイブンクロー談話室を目指して進みながら、ユーリ・アシハラという女子生徒を思い出してみる。


(『秘密の部屋』事件の解決は、あの子のお手柄でもあるわけか――)


そんなことはちらとも匂わせない女子生徒だ。
彼女がハリー・ポッターのように前に前に、という目立ちたがり屋タイプでないことだけは確かだ。


*


「あの、忘れ物です」


ローブの袖を引っ張られて振り向くと、ユーリ・アシハラが僕を見上げて羽ペンを差し出していた。
ルーン文字学が終わり、次の教室に移動していたところだ。
差し出している羽ペンは確かに僕のものだった。
そういえばアシハラは僕のすぐ後ろの席に座ってたっけ。


「え、ああ、ありがとう」
「どういたしまして」


アシハラはふんわり笑うとくるりと踵を返して駆け出した。
グレンジャーがルーン文字学の教室の入り口に佇んでいて、アシハラは彼女に合流すると僕がいる方とは反対の廊下へ歩いていく。
どうやら、僕に羽ペンを届けるべく走って追いかけてきてくれたようだった。


「いい子だ…」


思わず呟いた言葉をアンソニーが素早く聞きとめた。


「今の子誰?」
「アシハラだろ?グリフィンドールの。いつもグレンジャーの隣に座ってる」
「ああ、見た顔だと思った」


アンソニーはマイケルの言葉に納得顔で頷いた。


「あの子は偉ぶったところが全くない…」
「は?忘れ物届けただけで偉ぶれる人間はそういないぜ」


マイケルが僕の背中をバシッと叩く。
そういう意味じゃない。


「あのユーリ・アシハラって子は本当に性格がいい女の子みたいよ。姉が大絶賛なの」


話に割り込んできたパドマはアシハラたちを振り返りながらそう言った。
彼女にはグリフィンドール生の双子の姉がいる。


「どうでもいいけど、お姉さんもうダンスパーティーの相手決まった?」


アンソニーがパドマに唐突に尋ねる。
クリスマスにダンスパーティーがあるので生徒たちの関心は目下のところそれだ。


「パーバティ?知らない。まだだと思うけど」
「誘っても分があると思うか?なにしろあれだけの美人だ」
「どうかしらねえ。姉は結構面食いだからパートナー選びには慎重だと思うわよ」


パドマは言外にアンソニー程度の容姿ではパーバティ・パチルをパートナーに望むのは不相応だと匂わせた。
アンソニーは当然それに気がついて、むすっとする。


「パドマはお姉さんと学年で一、二を争う美貌の持ち主だが無神経なところが玉に瑕だな。きみにはまったく食指が動かない」
「あんたなんてこっちからお断りよ!」


アンソニーとマイケルは怒鳴るパドマに恐れをなして次の教室へ駆けていった。
美人の怒った顔はど迫力だ。


それにしても、クリスマス・ダンスパーティーか…。


「アシハラってポッターかウィーズリーのパートナーになるのかな?」


パドマは大きな目をぱちぱちさせて僕を見た。


「ユーリ・アシハラをパーティーに誘いたいの?」
「いや、ちょっと思っただけ――。だいたい、今学期最後のルーン文字学が今終わったばっかりだ。グリフィンドール生のアシハラとそう話すチャンスはないし」


もう少し早く気がつけばよかったかもしれない。
まあ、早く気がついていたところで僕になにかの行動が出来たとは――。
そのとき、パドマが僕の二の腕をがしっと掴んだ。


「手伝ってあげる!姉も協力してくれると思うわ」
「え、いや――」
「あの子、ヒッポグリフとか好きみたいよ。テリー、気が合うんじゃない?」
「お願いします…」


まあ、僕はアシハラに断られるんだけどね。
それでも、精一杯僕に気を遣って――言葉を選んで申し訳なさそうにしたアシハラは本当にいい子だった。
話したこともほとんどない他寮生を誘ってオーケーをもらえるとは僕も思ってなかったし。
でも、これで『知り合い』になれた。
次は『友だち』になりたいね。



*****
ブートくんごめんね、捏造して…。
でも一般生徒が校長室に行くシチュエーションがどうしても思い浮かばなかったんです。
りらは校長先生と給食を一緒に食べるイベント(?)か掃除でしか校長室なんて入ったことないです。
バジリスクについてのページはハーちゃんが破っちゃってるので、ブートくんはバジリスクについて調べている過程でフィルチにとっ捕まって校長室に呼び出されたことになります。
炎ゴブ編で唐突に登場したテリー・ブートの背景がわかってもらえれば・ω・*

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