BELLE STORY+
01
「アシハラがあなたの娘だとは露ほど思わなかった」


闇の帝王の娘であるリーザ・ツダが日本人として育った魔女であることをセブルスはもちろん知っていたが、それは遠い記憶の中に埋もれてしまった情報だった。
セブルス・スネイプとリーザ・ツダは再会を果たした。
ダンブルドアの命に従い、リーマス・ルーピンのとある事情のためにセブルスは日本の、彼女の生家まで連れてこられている。
二人が最後に言葉を交わしてから、二十年近いときが経っていた。


『ユーリ・アシハラ』は日本人の女学生だがリーザには少しも似ていない上に性格もまるきり違うので、伝聞以外の方法で彼女たちの親子関係にたどり着ける人間はそういないだろう。


「わたしに似ず、天使みたいな性格の女の子でしょう?朗らかで、優しくて、可愛くて――いいところは全部わたしの最愛の夫に似たの」


リーザは恍惚の表情で鍋の中の液体を覗き込んでいる。
今まさに変身しているリーマスが明日の朝服用する回復薬だ。


「彼女は知っているのか?」
「なにを?」
「彼女の祖父のことだ」


セブルスの問いにリーザはぴたりと動きを止めたが、しばらくするとハッと笑った。


「知るわけないじゃない」


(だろうな)


セブルスの率直な感想はそれだった。
あのハリー・ポッターと行動を共にしていることが多い少女だ。
事実を知っていればポッターにはまず近づけまい。
深くため息をついて、セブルスは言った。


「愚かな」


リーザは嘲笑を引っ込め、眉根を寄せる。


「なんですって?」
「いつまでも隠し立て出来る問題ではないぞ。闇の帝王がどうしてあなたを誕生させたのか、私には検討がついている」


セブルスは闇の魔術に関する書物に囲まれて育った。
愚かにも、若かりしころはその道を極めることで周囲を見返そうとしていた。


リーザ・ツダの養父と母親が闇の陣営によって葬られたと知ったときに、当時ホグワーツの五年生だったセブルスはある疑問を抱いた。
闇の帝王はどうしてリーザのことを生かしておくのか。
外国人のマグルに育てられ、純血主義者に対して馬鹿にしきった態度を取るリーザのような存在が彼の娘だというのが公になるのは闇の帝王にとって好ましいことではなかっただろう。
マルシベールのようなデスイーターの子女たちはリーザの優秀さが闇の帝王の素晴らしさを証明すると考えたようで、嬉々としてその事実を吹聴したが。


闇の帝王が彼女の母親であるアストレイア・ロジエールを愛していた可能性は微塵もない。
彼はそういう感情を持たないし、理解出来ない人だとセブルスは自分の過去の出来事で知った。


疑問の答えにセブルスなりに行き着いたとき、セブルスはリーザが憐れな女性だと思わずにはいられなかった。
リーザ・ツダは――。


「…いつかのための復活の手段の一つにするつもりだったのよ。『血裔による復活の儀式』のね」
「わかっていたのか?」


セブルスは驚いている。


「びっくりした顔してる。わたしだって驚きよ――あんたがそこに行き着いてるなんて。さすが、闇の魔術にとっぷりだっただけあるわね」


リーザは嫌味に笑った。


「母は父を――ツダを愛していたのよ。それなのに、どうしてわたしを身篭るのか――考えたときに答えが見つかった。正気を失っている間に身篭って、正気に戻ったときには堕胎不可能になっていたに違いないって。まあ、そこからわたしを殺さずに育て上げてくれたのはわたしの父母が優しい人たちだったからでしょうね」


淡々と語るリーザが本当に憐れな女性だと思って、セブルスは黙っていた。


「悪人がそこまでして子どもを欲しがるってどういうことだろうって。わたしも古の禁術に行き着いたわ」
「そこまでわかっていながら――」


リーザはセブルスの言葉を遮った。


「当然、そういう事態が起こったとき、わたしは厭わず死ぬわ。あいつが戻ってくるのをわたしが手助けするなんて、絶対嫌」


リーザはこぶしを握り、淡々と言ったが。


「違う」


セブルスはまっすぐリーザを見た。


「そういう決意をしているのなら、どうして娘を産むんだ。あなたの行動は矛盾だらけだ」


ユーリも、闇の帝王の血裔になる。
リーザはほとんど怒った顔でセブルスを見ている。


「わたしは幸せになってはいけないって?」


愛する養父と母親を失ったリーザにとって、娘は生きる糧であり、希望だ。


「わたしや娘は今すぐにでも死ぬべきだと言いたいの?」
「そこまでは言わん。ただ――娘の方にも警戒させるべきだろう」
「愛娘の生き死にの意思を左右させる問題よ。わたしは今のところ娘に本当の祖父のことを告げる気はないわ。兆候が見え始めれば、娘はこの日本に連れ戻す」


リーザはきっぱり言い切った。


「それに、ユーリがわたしの娘だとばれることはまずないわ。あんただって、知らされるまでそんなことちっとも考えなかったでしょう。注意しているもの。魔法界でわたしと娘の血縁関係を知っている人物は本当に少ない。あんたもその一人になったけど」
「…いつかうろたえる日が来ないように私も祈っておこう」
「あんたにそんなこと説教される日が来るとは思いもしなかった」


リーザはセブルスを見て口の端を上げる。




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