番外編
01
悪夢を見て目を覚ます。
気味が悪い、あの墓場。
死んでしまったセドリックの遺体。
その下敷きになり、泣きながら体を揺さぶるユーリ――。


(ユーリはどうしてるのかな…)


手紙を読む限り、どうやらロンとハーマイオニーは同じところにいるらしい。
きっと隠れ穴だ。
シリウスもロンもハーマイオニーも、手紙に肝心なことは書いてくれない。


ダーズリー家でこんな長い間過ごすことになるなんて思ってなかった。
魔法界の誰かが、すぐに僕を迎えにくるとばかり思ってた。
そうではなかったと思い知らされた今、僕の中で後悔が募る。


(ユーリと、もっとちゃんと話しておくべきだった)


あの晩泣いていた女の子は、すぐに立ち直ったかのようにロンとハーマイオニーと一緒になって僕を案じて行動してくれていた。
一晩で立ち直ったわけないのに。
夏休みに彼女と連絡を取る手段を持たないことを後悔してももう遅い。
僕もマグルとして育ったのだから、ハーマイオニーのように国際郵便を出すべく日本にある彼女の家の住所を聞いておいてもよかったのに。


(痛い…)


ユーリのことを思い出すと、なぜか額が痛む。
ダンブルドアでも同様だ。
それでも、悪夢を見た晩はいつでもユーリを思い出す。
どこかで、ユーリも泣いている。


*


「久しぶり…」


ジニーの後ろに縮こまっているユーリがいた。
それで、頭に血が上る。
ユーリは手紙をくれなかった。
だから、彼女も僕と同じように魔法界から遠ざかった場所で過ごしていると思っていたのに。
ロンとハーマイオニーと一緒にいたなら、手紙をくれてもよかったじゃないか。


(この一ヶ月、僕だけが除け者扱いだった!)


ユーリ相手にここまでいらいらしたことは、今までに一度もない。
向こうもそれがわかってるのか、申し訳なさそうに視線を伏せ、小さくなっている。
フレッドやハーマイオニーが口々にユーリを擁護するのを聞いて、僕は更に苛立った。
魔法省にとって、ユーリと僕は同じ立場だ。
それが、どうしてユーリだけ?
ユーリを睨み続ける僕と彼女の視線が合うことはついになかった。


*


ユーリに対するいらいらがおさまらない。
ようやく僕の頭から彼女が消えたのは、騎士団が僕らに情報を与えようとしてからだ。
ウィーズリーおばさんに遮られてしまって、寝室に戻ってきたけど。


「騎士団が話したことは、僕らもうほとんど知ってた。『伸び耳』でね。でも一つだけ初耳だったのは――痛っ!」


ロンが悲鳴を上げた。
それと同時に、弾けたような独特な音が室内に響き渡る。


「静かに。お袋が戻ってくるぞ」
「お前らが僕の上に姿あらわししたからだっ」


ロンはぐっと声を落としたが、それでもひそひそ怒鳴っている。


「暗いとこじゃ難しいんだよ」


からかうように笑う双子の唐突な登場で、僕とロンの会話が途切れた。


「おいハリー。どうにかなんねえの?」
「なにが?」


真っ暗闇に響く僕を咎める口調に、僕は首をひねった。


「暇が出来ればユーリを睨みっぱなし。あいつ、気づいてねえけど――気づいたら泣くぞ」


(…気づいてない)


イコール、ユーリは僕のことをまったく見てないってことだ。
忘れていた『いらいら』がよみがえってきた。


「…なんでそんなことフレッドに言われなきゃなんないわけ?」


むすっとそう言うと、暗闇の向こうからもむすっとした声が返ってくる。


「あいつが可哀想だからだよ。言わせんな」
「へぇー?フレッドとジョージはユーリのこと苛めてばっかりだと思ってたけど、保護者に鞍替えしたんだね?」


口調が嫌味になるのは仕方が無いことだ。


「馬鹿言え、俺らがあいつのこと苛めたことがあるか?」
「あるよ。いつだったかな――ユーリ、二人に『ちんくしゃ』呼ばわりされてへこんでたことがある。あのときは僕がユーリを慰めたんだ」


三年生のときの話だ。
ユーリは双子との喧嘩の理由がそれだと言っていた。


「…その話はよせ」
「どうしたんだよ?」


フレッドが思いっきり渋い声でそう呟くので、ロンが面白そうに尋ねた。


「…フレッドはその件がリーザにばれてて、リーザから絞め技食らったばっかりだ」


ジョージは笑い出すのを我慢している口調でそう言った。


「『絞め技』…?」
「まず正面から首に一発、それから背後に回りこまれて首をぐーってな。ロン、お前も気をつけろよ――リーザの目の届く範囲でユーリの容姿を侮辱してみろ。それがお前の最後になりかねないぜ」
「油断してたのもあるけど、杖抜く暇なんてないんだぞ…」
「お、おう」


ロンがおののきながらそう答えた。
僕はまた夏中除け者扱いされてきたことを実感していらいらする。


「ハリー」


ジョージが真剣な口調で語りかけてきたことにすらいらいらして、僕は真っ暗闇で眉根を寄せている。


「…ユーリな、結構落ち込んでるんだよ。うちの馬鹿兄貴が敵に回ったって。ユーリはパーシーに随分懐いてた。それにあいつ、ホグワーツからこの屋敷に直行だったんだ。いくら本部って言っても、騎士団は未成年に情報を与えないから――リーザも仕事辞めるまでは騎士団の活動と研究所の仕事で徹夜もしょっちゅう。ほとんど本部にいなかった」
「あいつ学校が終わった日から太陽も見ずにこの屋敷に軟禁状態だ。ユーリだけが優遇されてたと思ってるかもしんねえけど、そうでもないんだぜ。あんまり当たってやるなよ」
「…言われなくてもわかってる」


ユーリを擁護する双子にいらいら言い返す。


「ならよかった。それで、もうわかったか?シリウスが言ってた武器のこと――」


それから僕らは夢中で武器について話した。
僕は今度こそ思考からユーリを追い出した。




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