BELLE STORY+
01
「あんた、いつも俺に指図するよな。どうにかなんねえの?」
「あら?命令じゃなくてお願いしたつもりだったのだけど」


ブラックは莉沙の物言いに目を見開いた。


「明らかに上から目線だっただろうが!」
「とーんでもない。わたしはいつでも謙虚に生きてるわ」


そう言ってにこにこ笑う莉沙に薄ら寒いものを感じて、ブラックは押し黙った。
彼女の性格が悪いのは学生時代で十分すぎるほど理解している。


「ハリーに会うなら、ゴッドファザーであるあんたにも同席してもらわなきゃ。わたしに対してどんな反応を示すかわからないもの。前回はあっちもこっちも混乱してたし…」


莉沙は学年末のあの晩、ハリーとの初対面を果たした。
それからも夏中何度かダーズリー邸周辺の護衛に立ったが、顔を突き合わせたわけではないのでこちらはカウントできないだろう。


「ユーリの母親ってだけで結構なアドバンテージだぞ。あんだけ性格のいい娘がいることを感謝するんだな」
「わたしが大事に大事に育てた愛娘ですもの!」


莉沙は胸を張って笑った。
そこから少し表情を引き締め、切り出す。


「娘がホグワーツにいる間は手紙でよくやりとりするの。それを見るところ、ハリーが一番信頼している大人はあんただろうってわたしは思うわけ」
「俺?」
「ゴッドファザーは特別だわ。ハリーのように両親を亡くしていれば尚更。あんたがほとぼりの冷めていないイギリスにわざわざ戻ったとダンブルドアから聞いたとき、馬鹿だと思ったけど――あんたの気持ちもわかるし、ハリーが勇気付けられただろうというのも想像がつく。尊い行動だわ」


(ツダが俺を褒めている…!?)


ブラックは身震いした。


「よせ!黙れ!」
「なによ」
「あんた、なんか企んでるだろ!」
「企んでないわよ、馬鹿ね」


莉沙は笑ってブラックの背中をばーんと叩いた。
自分の寝室にたどり着いたので、ブラックに入室するよう促したつもりだ。


「ハリーをいい気分にさせておいてよ。そのためにあんたを呼んだんだから」


ブラックは黙って入室した。
莉沙が自分のことをハリーに対する『餌』扱いしていようと――ハリーを安心させるため、『ハリーのためを思って』自分を呼びつけているというのは事実だ。


「リーザ、ハリーに来てもらったよ」


ブラックと二人でソファに腰掛けていた莉沙は、立ち上がった。
ルーピンがハリーに先を促す。


向かい合い立つハリー・ポッターはやはりジェームズ・ポッターによく似た容姿をしている。
黒いくしゃくしゃの髪に、頬骨から顎の形まで父親にそっくりだ。


「こんにちは、ハリー。退校処分を取り消されたそうね。本当によかったわ」
「ありがとうございます」


差し出した莉沙の手を、ハリーは握り返した。
伏し目がちだったハリーは視線を莉沙に向ける。
それで、莉沙は真正面からハリーと視線を合わせる。
その緑の瞳を見て、莉沙の胸は締め付けられた。


『リーザはわたしのヒーローよ!』


みるみる蘇る、記憶。
目が合うたびに駆け寄ってきた。
輝く笑みを浮かべて名を呼んでくれた。


(リリーの息子)


ジェームズ・ポッターに似ている男の子だとばかり思っていた。
それが、瞳にはリリーの面影がある。
呆然と自分を見つめている莉沙を、ハリーが訝った。


「あの、ミセス・アシハラ?」
「…リリーにそっくり」
「母に?」


ハリーは驚いた顔で莉沙を見ている。
初対面では父親そっくりと称されることが多いのだろう。


「ああ、目が、ですか?」


ハリーの緑の目はにこっと弧を描いた。
無罪放免を言い渡され、腹を満たし、気分がいいのだろう。


「…リリーのことが大好きだったわ。よければ、わたしのことはリーザと。ここにわたしのことをミセス・アシハラと呼ぶ人はいないから」
「えっと――それじゃ、リーザ」


ハリーは控えめに笑った。


「ツダは俺らより二つ上だ」
「そういえばユーリに聞いたことがあります。あなたはハッフルパフ寮の出身で、魔法薬学が得意だったって。寮も学年も違ったのに、僕の母と懇意だったんですか?」


不思議そうにしているハリーに莉沙は遠慮がちの笑顔を向けた。


「リリーとわたしの初対面は彼女のホグワーツ入学前だったの。夏のマグルのキャンプ場で偶然出会った。夏休みのエヴァンズ家に招かれたこともあるわ」


ハリーは驚いた顔をした。
その目の形が本当にリリーにそっくりで、莉沙は胸を締め付けられる苦しさと戦う。
彼女と最後に話したのはいつだっただろうか。
特別な言葉を交わして別れることができなかった。
あのころの自分は痛めつけられ、全てに絶望し、ひどく臆病になっていた。


莉沙は杖を振ってトランクを引き寄せ、中から一枚の写真を取り出した。
懐かしい写真だ。
ホグワーツ最終学年の、あの年の。
図書館の前でリリーとルーピンと撮影した、あの写真。
リリーが嬉しそうに笑っているし、ハリーにとってルーピンはとてもいい教師だったと娘に聞いた。
彼はこの写真を気に入ってくれる気がする。


「よければ、これを」


写真をハリーに差し出すと、彼は目を見開いた。


「魔法写真よ。リリーが写ってる」
「学生時代の母と、あなたと、ルーピン先生?」
「ええ。わたしは首席だった。二人は監督生で――一緒に勉強する機会が何度かあったの」
「私とリリーはリーザに課題の面倒を見てもらうことがあったんだ」


ルーピンが割り込むと、ハリーは納得したように写真に視線を落とした。


「ありがとうございます。…大事にします」
「ええ、そうして。伯母さまに引き取られて、リリーの遺品はほとんど持っていないと聞いたわ」


莉沙はハリーにブラックの隣に座るように勧めて、自分はベッドに浅く腰掛けた。
そのとき、ブラックも古い羊皮紙をハリーに差し出す。


「ハリー、返すぞ」
「『忍びの地図』!」


ハリーは驚きの表情でブラックから地図を受け取った。


「うわあ、ありがとう。でも、どうしてシリウスが?」
「ユーリが学年末に取り返してきたんだ」
「ユーリが?」


ハリーは更に驚いている。


「この地図をきみに持っていてほしいと言った私の言葉を覚えていてくれたんだ。見た目は古い白紙の羊皮紙だから、偽ムーディの研究室が整理される際処分されてしまうことを危惧して動いてくれた」


ルーピンの言葉にハリーはまた目を見開いて、地図を大事そうにポケットにしまい込んだ。
ハリーも驚く娘の行動がやはり初耳だった莉沙も驚いてしまった。
本当に色々なことに気が回る、天使のような女の子だ。
自分をおいて早々と空の上にいってしまった最愛の夫の性質を見事に受け継いでいることには喜びが募る。




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