もしもシリーズ
03
朝食の席で受け取った手紙の送り主はハグリッドだった。


『いよいよ孵るぞ!』


悠莉は嬉しくなって手紙をそっとポケットにしまった。
そんな悠莉を、ドラコが不審な目で見ている。


「今のなんだ?」
「今の?なんのこと…?それより、ドラコ――わたし頭痛い…」


悠莉はドラコの質問に眉を下げて答えたあと、体調不良を装って頭を押さえた。


「は?おい、大丈夫か?」
「少し寝てれば治るかも…。医務室に行ってくるって、マクゴナガル先生に伝えてくれる?」


悠莉は一限の変身術をさぼり、すぐにでもハグリッドの小屋を訪ねるつもりだ。

嘘をつくことに少しは罪悪感もあるが、ドラゴンの卵が孵化する場面を見逃したくはない。


「ああ、マクゴナガルには伝えておく。無理せず寝てろよ」
「ありがと…」


気遣ってくれているらしいドラコに、悠莉の胸がチリと痛んだ。



*



悠莉は授業が始まるまで待って、母親からのクリスマスプレゼント『透明薬』を飲んで身を隠してハグリッドの小屋に向かった。
卵はまだ孵っていなかった。
それからグリフィンドールの三人組も合流して少し経ったころ、ノーバートが孵った。
『ノーバート』とはハグリッドと悠莉で事前に話し合っていたドラゴンの名前だ。
うっとりとノーバートを見つめる自分とハグリッドを、三人組が戦々恐々の面持ちで見ていることに悠莉は気がつかない。


「でも、ねえハグリッド。ノルウェー・リッジバックってどのくらいの早さで大きくなるの?」


ハーマイオニーが心配そうにハグリッドに尋ねたとき、ハグリッドが音を立てて立ち上がり窓際に駆け寄った。


「どうしたの?」
「誰かが見とった」
「え!?」
「子どもだ…。学校のほうに駆けていく…」


四人もハグリッドにならって窓際に駆け寄る。
悠莉は呻きたくなった。
あの後姿は正しくドラコ・マルフォイその人だ。


「おい、ユーリ!」
「は、はいっ」


悠莉はロンに怒鳴りつけられて飛び上がる。


「きみ、マルフォイになんか言ったんじゃないか!?」
「う、ううん。朝手紙をもらって、わたし仮病使ってここに来たの…」


小さな体をさらに小さくして悠莉が言うと、ハリーが悠莉とロンの間に割って入った。


「やめなよ、ロン」
「そうよ。むしろわたしたちの問題じゃないかしら…。マルフォイ、わたしたちの話を聞いてたのよ」


ハーマイオニーは悠莉を自身の背後でかばってロンを睨んでいる。
分が悪くなったロンはフンと鼻を鳴らして、そっぽ向いた。
この険悪なムードの原因が自分のまたいとこだと思うと、悠莉の胃はひどく痛む。


「わ、わたし、どうにかするから!ハグリッド、みんな、またね!」


悠莉は四人に手を振って、ハグリッドの小屋から駆け出した。



*



「ねえ、ドラコ…」
「やあ、頭が痛いフリをしてたユーリ」


ドラコは怖いくらいの無表情で言った。
完璧に全てを察してしまったらしい。


「ご、ごめんね…。ドラコはドラゴンに興味なさそうだったから…」
「そんなこと怒ってるんじゃないぞ!お前、大方ドラゴンを育てたいとでも思ったんだろう!」


空き教室にドラコの怒鳴り声が木霊する。
悠莉はおどおどしたが、それでも頷いた。
それを見て、ドラコは更に声を荒げる。


「法律で禁止されてる行いだぞ!」
「だ、だって、卵を放り出すなんて、あの子を死なせちゃうなんて嫌だったんだもん…」
「馬鹿じゃないのか!?」
「だって、生きてるんだよ?それにあんなに可愛いのに――」
「可愛い?頭おかしいだろう!」


悠莉は怒るドラコを前に、どう言ったものかと思案する。


「可愛いは間違った言い方だったかも…。かっこいいよね、ドラゴン。ドラコの名前の由来でもあるし――」
「この馬鹿!お前とはしばらく口利かないぞ!反省してろ!」


ドラコは足を踏み鳴らして空き教室から出て行った。


(可愛いって言ったの、まずかったかなあ…)


悠莉は自分があさっての方向に話を発展させてしまったことに気づかず、肩を落として佇むよりほかなかった。



*



「ユーリ、最近一人ぼっちじゃないか?」
「ドラコがわたしのこと怒ってるから…」


ロンと二人でノーバートに餌やりしながら、悠莉は眉を下げてそう答えた。
ハリーはクィディッチの練習で忙しく過ごしていて、ハーマイオニーは大きくなってきたノーバートを怖がっている。
ハグリッド一人ではノーバートの世話は手に余るようなので、この二人が手伝いに借り出されていた。


「マルフォイが周りに命令してユーリのこと無視してるのか?」
「ううん、それはないよ。…アジア人の純血魔法族なんてほとんどいないから、もともとスリザリンには居辛い雰囲気なの。人気があるドラコがわたしに構うから周りもそうしてただけ。ごめんね、ドラコのこと上手く説得できなかった…」


悠莉のように入学するまで自分が魔法使いだと知らなかった生徒はスリザリン寮にはほとんどいない。
選民意識の高い人たちの集まりなのだ。
こういうとき、ドラコがどれだけ自分の立場を助けてくれていたのかがわかる。


「僕も悪かったよ、この前頭ごなしに怒鳴って…。僕そういうの疎いからさ…。マルフォイに楯突いたらユーリの立場がどうなるのか、もう少し考えればよかった」


沈んだ声で言うロンが気の毒になって、悠莉は笑顔を取り繕う。


「ロンは純血のお家の生まれなのに、偉ぶってなくて素敵だと思うな。半分マグルのわたしからしたら、ロンのそういう考え方、すごく救われる。ありがとう」


ロンは悠莉の言葉に照れたように手を振った。
そのとき、ロンの手にノーバートが噛み付いた。


「ぎゃー!」
「ノーバート!?」



*



「マルフォイに知られたけど、もう計画は変えられない。僕とハーマイオニーでノーバートを天文台のてっぺんまで運ぶから」
「わたし、ドラコをなんとか引き止めてみる!」


ノーバートはロンの兄に引き取られることになった。
ルーマニアでドラゴンキーパーをしているのだという。
ハリーとハーマイオニー、ユーリは親指を立てるジェスチャーをして互いの健闘を祈りあい別れた。
決行は今夜だ。


真夜中近くまで女子寮への階段に身を潜めていた悠莉は、男子寮の階段からドラコがあらわれたのを見て透明薬を飲んだ。
寮から出て行くドラコのあとを足音を潜めて追う。
ドラコが途中で気を変えて、寮に戻ってくれるのがベストだ。

しかしドラコはあと一つ階段を上がれば天文台にたどり着く階まで来てしまった。
透明薬の効果が薄れ、悠莉の輪郭が空間にじわじわあらわれ出す。
それで、悠莉はドラコの手を後ろから掴んだ。


「ユーリッ?」


悠莉の出現を飛び上がって驚いたドラコに、悠莉はほとんど涙目で口を開く。


「ドラコ、やめて。本当によくないことだよ、ハリーたちはドラゴンをルーマニアに行かせてあげたいだけなの。ロンのお兄さんからの手紙を読んだんでしょう?」


ドラコは悠莉の手を振り払おうとしたが、悠莉はドラコの手をがっちり掴んだまま続けた。


「どうしてこんなことするの?あの子が幸せになれる方法を、ハリーたち、一生懸命考えてくれたんだよ?」
「お前、本当に馬鹿じゃないのか!?馴れ馴れしくハリー、ハリー、ハリー!スリザリン生だろ?もうちょっと自分の立場を考えろよ!それにドラゴンを『あの子』なんて頭が――」


ドラコの言葉は続かなかった。
大きな足音が聞こえたかと思った瞬間、二人の前にかなり怒った顔のマクゴナガルが立ちふさがっていた。


「あなた方、なにをしているんです!?」


悠莉は口が利けなかった。
ドラコが一方的に怒鳴り散らしていたのだが、それでも教師に見つかる可能性は失念していた。


「ミスター・マルフォイ…、ミス・アシハラまで――」


マクゴナガルはわなわな怒りに震えている。


「罰則です!さらに、スリザリンから二十点ずつ減点!こんな真夜中にうろつくなんて――」
「先生、誤解です!ハリー・ポッターが来るんです、ドラゴンを連れて――」
「なんとくだらないことを!嘘だとわかりきった発言です!」


マクゴナガルはドラコの耳を引っ張って荒々しく歩き出した。
悠莉はその後ろを駆け足で追う。
ひどい形になったが、成果は成果だ。
これでハリーたちに障害はなにもない。



*



しかし翌日、どういうわけか、グリフィンドール寮の得点が大幅に減らされていた。
ざっと百点以上だ。
スリザリン生はそのことに夢中で、自分の寮の得点が四十点減点されていることに気がついている様子はない。
聞くところによると、ハリー、ハーマイオニー、それからネビル・ロングボトムがこの減点騒動の張本人らしかった。



ハリーを貶すのに夢中で、無意識なのかドラコは悠莉の隣に戻ってきた。
いや、自分と一緒にいるところを見せればハリーたちと悠莉の友情にひびが入ると思っているらしい。
どうしようもない男の子だと思い、悠莉は悲しくなった。
それでも、ドラコが横にいるだけで随分過ごしやすい。
自分の打算的な性格が、ときどき嫌になる。
そういう性質を見抜いて帽子は悠莉をスリザリン寮に配したのだろう。



*



「処罰は今夜十一時になった。玄関ホールへ。ミスター・フィルチが待っている」
「「はい」」


スネイプの言葉に二人同時に頷いて、玄関ホールへ向かう道すがら、ドラコが唇をとがらせて悠莉を見た。


「お前のせいだぞ、僕が罰則なんて」
「…ごめんなさい」


そう言われるとそうなのかもしれないと思い、悠莉は潔く謝った。
悠莉がドラゴンの孵化に協力せずに、卵のときにドラゴンを手放すことをハグリッドに提案していればここまでの騒ぎにはならなかったはずだ。
周囲から辛く当たられているというグリフィンドールの三人が不憫でならない。



*



「女の子二人とハリー、俺と来い」


石弓を持ったハグリッドの言葉に頷いた悠莉を、ドラコが自分の方に引っ張る。


「いや、ユーリはこっちだ。僕のまたいとこだからな、守ってやるよう父上に言いつけられてる」


ハグリッドは困った顔をしたが、ドラコとロングボトムを二人にするのは得策ではないと思ったらしく、六人は二手に分かれた。
傷ついたユニコーンを探し保護するのが今夜の任務だ。


「さ、行こう?」


悠莉は杖明かりを灯しながら男の子二人に振り返った。


「おい、なんで平気そうな顔してるんだよ」
「わたし、暗いところもお化けも平気。…怖いのは猫くらい」


返答を聞いたドラコはつまらなそうに鼻を鳴らした。
悠莉はそんなドラコに苦笑いして、黙って震えているロングボトムに声を掛ける。


「ミスター・ロングボトム――あの、ネビルでいい?長くて言いづらい…」
「…いいよ、えーっと…」
「わたし、ユーリ」


悠莉がにっこりすると、ネビルも笑った。
スリザリン生二人と組まされて心細かったのかもしれない。


随分歩き回った気がするが、ユニコーンの気配はない。
というより、森に生き物の気配がない。
母親からの手紙には森に棲む魔法生物が記されていたのに。


(いなくなっちゃった…?ありえない。本当に、なにかいるのかも…生き物を傷つけようとする、なにかが…)


バーンと音がして、悠莉は我に返った。
半泣きのネビルと大笑いのドラコ。
頭上に赤い花火が光っている。
ドラコがネビルになにかしたらしい。


「ドラコ!なにしたの!?」
「臆病者をちょっとからかっただけ――」
「ひどいことしないで!自分より怖がる人を見て安心したかったの!?ネビル、怪我は?」


ネビルは俯いて首を横に振った。
それに一安心して、悠莉はドラコを諌めにかかる。


「夜行性の生き物以外は寝てる時間なんだから大騒ぎしちゃダメじゃない。枕元で大音量出されたら、ドラコだって嫌でしょう?」


不貞腐れた顔のドラコに、悠莉はため息をついた。



*



喋りもしない二人の間を歩かされて気が滅入る。
組合わせが変わった。
ネビルとハリーが入れ替わって、悠莉は今ドラコとハリーの間を歩いている。
この二人は上手くいっていない。
どちらに話しかけても、もう一人を無視する形になってしまうのではないかと、悠莉は喋ることが出来なかった。
滴る銀の血を頼りに、三人は森を奥へ奥へと進む。


「見て――」


三十分も黙って歩き続けたころ、ハリーが前方を震える声で指差した。
銀の血塗れのユニコーンが倒れている。


「そんな、ユニコーンが」


悠莉が一歩踏み出したとき、ドラコが制止しようと悠莉の腕を掴んだ。


「待て、前に出るな。もう死んでる、どの道助けられない…」


ドラコの言葉を聞いたはずのハリーが、ユニコーンに向かって数歩歩いたときにその音は聞こえた。
ズルズルと滑るような音。
三人はその場で凍りついた。
音は段々大きくなり、ついに暗がりから姿をあらわし、這いずる黒い影がユニコーンの死体に覆いかぶさる。
悠莉の心臓は痛いほど鳴り、まばたきも出来ない。


(ユニコーンの血を、飲んでる…)


「ぎゃああああ!」
「わっ」


絶叫するドラコが掴んだままだった悠莉の手を引いて逃げ出した。
ハリーを置き去りに、悠莉はドラコに手を引かれて走るよりほかなかった。



***
スリザリン悠莉さんは若干利己的な女の子ですね…・ω・;
帽子は混血やマグル生まれの生徒をあえてスリザリンに入れることはないだろうと思いますが、実際日本人の半分マグルの女の子がスリザリンに入ったら肩身狭いだろうなあ、と思ってます。
BELLE本編ではスルーだった森散策書けて面白かったです!




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