小説 | ナノ




「ああ…今日もまたネズミかなぁ…腹減ったなぁ…」

「確かに、お腹すいたね…」

「でしょ〜?+++ちゃん。俺たちやっぱり気があうよネ」

ザク、と枯れた葉を踏みしめて心底疲れ切った声でヨレヨレになった白石とネー、と首を傾げあう。

小樽を出て二日。もうどれだけ歩いただろうか。
刺青人皮の大した情報もないまま山を彷徨っている。アシリパも杉元も、然程表情には出ていないけれどきっと疲れているはずだ。皆一様に無口になってきて、進む足も些か緩慢になっている気がする。

「…暗くなってきた…これ以上進むのは危険だ。アシリパさん、今日はこの辺りで休もう」

「そうだな…」

状況を判断した杉元が、人4人分ようやく入れるくらいの穴が空いた大木を見つけて指差す。
皆いそいそと各々重い荷物を脱いで座り込み、いっせいにフゥ〜と大きなため息を吐いた。

「さっき仕掛けた罠に何か掛かってるかもしれない。白石、見に行くぞ」

「えぇ〜俺?よりにもよって俺?俺は+++ちゃんと待ってます」

「杉元だって疲れてるんだからたまには役に立つことをしろ!それに、+++と二人で残したら+++に何するかわからないからな」

「そんなことないってぇ〜…」

休み始めてすぐだと言うのに、アシリパはすぐさま立ち上がって弓を掴んだ。
ついでに白石の首根っこも掴み、いやいやと首を振る当人を気にもせずに歩き出す。

「アシリパ、これ持って行って。怪我したらよくないから」

歩き出したアシリパを呼び止めて、その首元に簡易的な医療セットが入った巾着を下げてやる。
ありがとう、とアシリパは笑って渋る白石を急かして元来た道を戻っていく。


引きづられていく白石を後目に、私と杉元は向かい合うように座って火の準備を始めた。
そういえば、彼らの仲間に加えてもらってから杉元とふたりきりになるのはこれが初めてかもしれない。

なぜ私がこの三人と行動を共にしているかと云えば、自身の診療所開業資金調達のため私自身も金塊を探しているからだ。
医者だから何かあっても治療ができる。貰える分け前は開業に足りない分だけで構わない。もし裏切ったら殺してもいい。迷惑にはならないから、と懇願して無理やり同行したのだった。
アシリパと白石は私の医療技術を買ってくれ、歓迎してくれたものの警戒心の強い杉元は当然反対したし、未だ信用されていないのか距離を置かれている。
杉元がアシリパに見せる顔と、私に見せる顔はまるで違う。二人きりになっても会話などなく少々気まずい沈黙が続くだけだ。

「…杉元、それ私やるから。休んでて」

「ああ…」

休憩した時には、緊急用の解毒剤の作り置きを作るのが決まりになっている。
煎じるための薬草を千切り始めた杉元を静止して、休むよう促した。
杉元はこちらを見ずに、大きなため息と共に木に寄りかかった。
よほど疲れているのだろう。すでに双眸は閉じられている。

薬草を細かく契り、擂鉢ですり潰す。
杉元も私も何も喋らない。時折小鳥の鳴き声と、木の葉が掠れる音がするだけで他には何もない。

向かいで小さな寝息を立て始めた杉元をちらと見た。

顔には大きな傷跡。
通った鼻筋と、切れ長の鋭い瞳。
伏せていると分かる、長い睫毛。
端正な、美しい顔立ちをしている。

ふと、組まれた杉元の手の甲に裂傷があることに気がついた。
道すがら何処かで怪我でもしたのだろうか。そこまで重傷ではなさそうだが、じんわり血が滲んでいる。

とにかく怪我が多いからだろうかこれほどの怪我はさほど気にしないらしい杉元は特段痛がる様子もない。


「…どこ行ったかな…」

カバンの中から以前作った血止めの塗り薬を探し出す。
気持ちよさそうに眠っているから、起こしたら悪い。
そう思って杉元が眠っている間に薬を塗ってやることにした。

そっと近づいて、指先に触れる。

銃を握り、剣を構えるその無骨な指先。

ただ薬を塗るだけだ。なのにどうして心臓が波打つのだろう。
心の距離がある分、近づいただけ緊張する。

「っ、?!」

突然、体が宙に浮くような感覚と共に背中が押し付けられるような強い衝撃を感じた。
一瞬の出来事だった。
驚く間も無く上を仰げば、覚醒した杉元が私の手首を掴んで地面に押し付けている。

おそらく襲われたと思ったのだろう。その瞳は血走っていた。
私を殺そうとする瞳だ。


「す、ぎもと」

「今何しようとしてたんだよ。寝首でも掻こうとしてたのか?」

「違う、けが…怪我してたから…」

ギリギリと痛む手首に思わず顔が歪む。杉元はしばらく険しい顔で私を見下ろしていたが、傍に転がった血止め薬を目にしてようやく理解したようだった。

その手がそっと離れる。脱力して再び寄りかかる杉元の瞳からは鋭さは消えていた。
そしてようやく我に返ったのか、気まずそうに眉を下げて身を乗り出した。

「悪い、寝込み襲われたのかと思った」

「あ、いや、…私もごめんなさい、ちゃんと起こせばよかった」

ジンジンと痛む手首を摩りながらさすがに申し訳なさそうな杉元に、気にしないでと首を振る。
杉元は、は〜〜と長い溜息ののち脱力していた体を起こしてしっかりと座り直した。

「……………」

「……………」


長い長い沈黙の後、互いに顔を上げる。
杉元はやりにくそうに目を逸らして口を開いた。

「…+++さん…あんたのことは徐々に信頼し始めてるんだ。…嘘じゃない」

「うん」

「アシリパさんもあんたに懐いてる」

「うん」

「白石は…まぁいいとして」

「うんうん」

「でも…やっぱりまだ…あんたのことがよく分からない」

「いいよ、杉元」

「…悪い」

「いいって」

そのうちね。



そう言って笑う私に、杉元はなんとも言えない顔をして帽子の鐔を少しだけ下げた。
鐔を下げる指先。繊細に伏せられた睫毛。葛藤するような表情は美しい。

彼は美しい。


「杉元は綺麗だね」

「…はァ?」

「眠ってる時も私を殺そうとしてる時も、綺麗だった」

「…何言ってるんだよあんた」

「いつか信じてくれる時が来たら嬉しい」


それまでは、美しいままで疑っていてよ。


喉まで出かけた言葉を飲み込んで、よかったら使ってと血止め薬を差し出した。

「やっぱりよく分からないな、あんた」


杉元は初めて私に向かって笑った。



おい杉元!+++!ユクが捕れてたぞ!今夜はごちそうだ!


少し離れたところからアシリパの歓喜の声がこだまする。
アシリパの嬉しそうな声を聞きながら、今夜くらい鹿鍋をつつきながら杉元のことを聞いてみよう。少しだけそう思った。