小説 | ナノ


(「黒服は野良猫の夢をみる」の番外編の話※!尾形登場しません!)

開けた段ボールにみっしりと入ったみかんを見て途方に暮れている。
母から大量のみかんが送られてきた。
確かにみかんは好きなのだが、とてもじゃないが食べきれる量ではなく絶対に底の方から腐っていく未来が目に見えている。
時折母は、私が一人暮らしであることを忘れているのではと思うことがある。

「こんなに食べきれないんだけど……あ、そうだ」

大量のみかんとにらめっこしながら頭を抱えていたところで、ふとひとつの案を思いつく。
わたしは思い切ってみかんをいくつか抱え込むと、サンダルを突っかけ杉元さんの部屋のインターホンを押した。

ピンポーン…

「杉元さーん」

響き渡るインターホン。室内からは小さな声と生活音は聞こえるのだが一向に応答がない。

「…お取り込み中かな」

もしかしたら今すぐに出られないのっぴきならない事情があるのかもしれない。
仕方なく諦めて帰ろうとしたところで、ようやくガチャリと扉が開いた。

「あ、杉元さん。実は母から大量のみかんが送られきて…食べきれないのでおすそ分けで…す……」

いつもの杉元さんに話しかけるつもりで振り返ったところで、思わず言葉を失う。

「杉元はいま手が離せないんだ」

杉元さんの部屋から現れたのは10代前半ほどの子供だった。
真っ黒な髪と、ブルーがかった瞳をしたとても綺麗な女の子だ。

「あ、+++ちゃん。どうしたの?」

続いて、背後から杉元さんが現れた。
ぽかんとしている私に気がついたのか杉元さんは私と女の子を交互に見たあと、ああと頷く。

「………杉元さん、だから毎日あんなに遅くまで働いてたんですね…」

「…………待って待って、何の話?」

「まだ若そうだと思ってたけどまさかこんな年頃の可愛いお子さんが…そうですよね、養育費とか大変だし…」

「ねえ違うよ?絶対勘違いしてるよね?!」

「すみませんお邪魔しちゃって…みかん、よかったら二人で食べてください」

「杉元!みかんが来たぞ!今日のデザートにしよう」

女の子はみかんを受け取るなり嬉しそうに笑って言った。
親子水入らずの時間を邪魔してもいけないと帰ろうとする私を、杉元さんは慌てて引き止める。

「違うの本当に違うの!」

「いいんですよ隠さなくても」

「私は杉元の子供じゃないぞ」

「えっ」

落ち着いた様子で言う女の子の方を見やると、透き通った瞳で彼女もこちらを見上げる。ちなみに、すでにみかんを一つ剥き始めている。

「北海道にいた頃お世話になったんだ。なんて言うのかな、恩人?」

「まあそんなところだな。…杉元、このみかんすっごく甘いぞ!ヒンナだ!」

「ちょっと明日子さん!お行儀悪いよ!」

年齢よりも大人びた口調の女の子は、みかんをもぐもぐと咀嚼しながら杉元さんの言葉に同意するように頷いた。
…こんな小さな女の子が恩人?
よくわからないけど、きっとふたりにしか分からない何かがあるんだろう。

「そうだったんだ…ごめんなさい、勘違いしちゃって」

「ほんとだよぉドジだな+++ちゃんは。…この子は明日子さん。学校が休みだから、北海道から遊びにきてるんだ」

「私は+++です。杉元さんのお隣に住んでます。よろしくね明日子ちゃん」

「小蝶辺明日子だ。よろしくな+++」

「こちらこそ」

私は彼女の一回り華奢な手を握り返して握手をした。
とても聡明で賢そうな、美しい子だ。子供ながらに杉元さんとは上下関係を築いているようだけど、この際別にふたりがどんな関係であろうとも驚かない自信はある。(初めはびっくりしたけど)

「杉元さん、手が離せないって言ってたのにお邪魔してごめんなさい」

「ああ、平気平気」

「ふたりで餃子を作ってたんだ。杉元は包むのが下手すぎてな」

「あ、そうだったんですね。だから手が離せなかったんだ」

明日子ちゃんが部屋の奥を指差して言う。
妙に納得していたところで、明日子ちゃんは再び私をじっと見上げている。

「+++も一緒に餃子パーティーするか?」

「こら明日子さん、そんな急に誘っちゃ…」

「え、楽しそう!いいんですか?」

「もちろんだ。杉元もその方が嬉しいだろう?」

意味深な顔でチラチラと杉元さんを見る明日子ちゃんを、杉元さんはなぜか赤い顔をしたまま慌てて部屋に押しやった。

「は、ハハハ…まったく明日子さんてば…+++ちゃん、忙しくない?大丈夫?」

「全然大丈夫です!むしろいいんですか?お呼ばれしちゃって」

「もちろん!みかんももらっちゃったし。どうぞ入って」

みかんのおかげで思わぬお呼ばれを受け、上機嫌でお邪魔することにした。
この街にきて、今度は小さなお友達ができた。




「………杉元さん…」

「ん?」

「これなんですか?」

「餃子」

「…包むの下手すぎじゃない?」

「そうだろう?センスがないんだ杉元は」

「え、なに?二人ともひどくない!?」

「そもそも餡を入れすぎですよ。餡はこのくらいにして、こうしてヒダを寄せて…」

「おおっ!?すげえ+++ちゃん超うめぇ!」

「すごいな+++!餃子の神様だ!」

「喜んでいいのかよくわかんないけどとりあえずお褒めいただいてありがとう」

「マジですげえ。…なぁ明日子さん、もう白石呼ばなくてもいいかな?」

「いいんじゃないか?+++がいるし」

「白石さんかわいそう…呼んであげてよ…」

「さっきから杉元が連絡してるのに既読がつかないんだ。どうせ何処かで飲んだくれてるだろうからほっとけばいい。それに、白石を呼ぶと餃子の分け前が減るし」

「何個焼くの?」

「「100個」」

「…うそでしょ?!」


餃子パーティーは長丁場になりそうだ。