小説 | ナノ


(「黒服は野良猫の夢をみる」7話から8話のあいだあたりのお話!尾形登場しません!)


今夜はちょっとだけ機嫌がいい。
なぜなら明日は土曜日。今夜はあまぞんぷらいむでも見ながら夜更かし決定だ。

キッチンの片隅にあるダンボールから吟味してポテチを引っ張り出す。
それは昨日実家の母から届いた仕送りで、お菓子やインスタント食品、母お手製の漬物まで何でも詰まっている。これでしばらく食べるものに困ることはなさそうだ。

「あ、カブの漬物だ。美味しいんだよねえこれ」

母が趣味で漬けている漬物を手にして、長いこと実家には帰っていないけれど元気だろうか…とひとりしんみりする。

「…明日お母さんに電話しよ」

襲って来るホームシックを振り切るように、漬物を冷蔵庫に入れダンボールを閉めた。
一人の夜はいつまで経っても少しだけ寂しいけれど、新作の映画を見ながらソファでダラダラと過ごす時間は愛おしくもある。


ドンドンドン!!


「!?」

突然、鳴り響いた扉を叩く大きな音に驚いて思わず体が跳ね上がる。

「お〜〜い」

ピンポンピンポーン

今度はインターホン連打だ。加えて聞こえる、聞き覚えのない声に身を縮こませる。
こんな時間の来訪者は滅多にない。電気はついているので居留守は使えないが、変質者の可能性もあるので応答せずに様子を伺うことにした。

「さ〜い〜ち〜く〜ん」

誰かの名前を呼んでいるらしい。部屋を間違えているんだろうか。
私は傍にあったマッサージ機を握りしめ、恐る恐る扉に近づいてのぞき穴を覗き見た。

見覚えのない坊主頭の男が覗き込んではしきりに扉を叩いている。

「すぎもとぉ、俺だよ白石だよ?無視しないで〜??」

「(…杉元?)」

もしや杉元さんの知り合いか何かだろうか。だとしたら完全に部屋を間違えている。

「あの…杉元さんの部屋は一つ隣ですけど…」

チェーンを掛けたまま恐る恐る扉を開け、隣の部屋を指差した。
男は私を見るなりキョトンとした顔をする。

「えぇなに?誰?え、なんか可愛い子出てきた」

「は??(何この人)」

「……嘘だろ、まさか杉元にこんな可愛い彼女が?!」

「はぁ????」

ガシッとドアを掴まれ、訳もわからず男の顔をつい見つめる。
何もかも間違えている、と伝えようとしたところで隣からドアを開ける大きな音と怒声が響いた。

「うるせぇ白石!何時だと思ってんだ!」

「え?あれ?杉元?あれ??」

「部屋間違ってんだよ!」

「なぁんだそっかぁ〜ビックリした!」

ホッとした様子の男の顔はほんのり赤い。酒の匂いもするし、明らかに酔っている。
二人の様子から親しい間柄であることは確かなようだった。(仲がいいかは別だけど)

「+++ちゃん、騒がしくしてごめんね。シカトして大丈夫だから」

「は…はあ…」

「ひでぇ、俺と杉元の仲だろ?!あ、俺白石由竹っていいます!独身で、彼女はいません!」

「それじゃ+++ちゃん、おやすみー」

「あ…はい、おやすみなさい…」

「ちょちょちょ!ねぇ無視しないで!?」

「うるせぇな、どうせ終電なくして帰れなくなったんだろ。満喫泊まるなり始発まで飲み明かすなり自分で何とかしろ」

「どっちにしてもお金かかるもん〜ちゃんとお布団で寝たいもん〜」

「ならタクシーで帰れ」

「ここから俺んちまでいくらかかると思ってんの!?朝になったら出てくから!お願い!」

閉まるドアに縋りつき食い下がる白石さんと、無視して閉めようとする杉元さんがコントみたいで面白い。

「(何だか怪しい人だけど、面白い人だな…)」

負けじと食い下がる姿を見つめていると、白石さんは何か思いついたように勢いよくこちらを振り向いた。

「な、なんですか?」

「+++ちゃんだっけ、明日はお仕事お休みですか?」

「え…はい、お休みですけど…」

「+++ちゃん。無視、無視して!」

「そしたらせっかくだし、三人で宅飲みとかどうでしょう!」

「え…」

「白石テメェ…ほんと帰れ迷惑野郎が」


白石さんは人差し指を立て、これ以外に方法はないとでもいわんばかりに提案した。
杉元さんはそんな白石さんをぐいぐい押して帰らせようとしている。

賑やかな雰囲気を前にして少しだけ寂しさに当てられていた私は、何となくそれも楽しそうだなぁとぼんやり呑気に考える。

それこそ危機感がないと言われそうだけれど
せっかくの休み前夜だ、そんな夜更かしがあってもいいと思う。

「しましょうよ宅飲み。楽しそう」

「え!?で、でも+++ちゃん、こいつと一緒に飲むんだよ?白石だよ?!」

「だってどうせあまぞんぷらいむ観て寝るだけで、暇っちゃ暇だし」

「わかる!あまぞんぷらいむ見始めると止まらないよね」

「それに、カブのお漬物とかお菓子もあります」

「カブのお漬物〜!?なにそれおいしそう!なぁいいじゃん、+++ちゃんもこう言ってくれてるんだし」

「おまえは+++ちゃんて呼ぶな気安く呼ぶな」

「明日お休みだし…たまにはいいじゃないですか。ね?」

白石さんは悪い人じゃなさそうなので(怪しいけど)、私は思わずニコニコしながら杉元さんを見やる。隣で白石さんもニコニコしている。

「…+++ちゃんがそこまで言うならしょーがない、たまにはいいか。白石はちゃんと始発で帰れよ」

「わーいそんじゃ早速お邪魔しまーす!いやぁ女の子の部屋なんて何年ぶりだろ…」

「…杉元さんちで、ですよ」

「おまえ+++ちゃんに手出したら身ぐるみ剥がして繁華街に放り出してやるからな」

「…クゥーン…」


今日は機嫌がいい。
なぜなら明日は土曜日。
私は仕送りのダンボールからお菓子と、冷蔵庫から母お手製の漬物を引っ張り出して杉元さんの部屋に向かった。

騒がしくて怪しい、でも楽しい友人を一人交えて楽しい夜は始まったばかりだ。