小説 | ナノ


「ねぇ、待ってよ」

少し離れた俺の背後を、小走りについてくる女。
鶴見中尉に造反して間も無く。逃亡中、厄介な女を拾った。

女の名前は+++という。
暗殺を生業としている女殺し屋だが、仕事をし損じてお尋ね者になったらしい。
たまたま+++を追っていた追っ手を、第七師団と勘違いして俺が殺したことで結果的に助けたことになってしまった。それ以降執拗に付き纏われている。

「お前がいると目立つ。ついて来るな」

「それはしょうがない。私が美しいから」

+++は器量がいい。
その容姿を生かして今まで数多くの要人を屠ってきたと云う。
飄々とした空気は掴み所がなく口も上手いし、幼い頃叩き込まれたらしい暗殺術にも長ける。
敵に回せば厄介な女だ。

そこまではまだいいのだが、この女が厄介な理由はそれだけではない。

「どっか宿とかで休もうよぉ。もう二日も歩きっぱなし」

「…宿に泊まったら泊まったで、お前は俺を殺そうとする」

「あら、バレちゃってる」


この女が厄介なのは、ひとえにこの特殊な癖(へき)ゆえだ。



『あなた素敵だねぇ、惚れちゃった』

+++を(結果的に)助けたその夜。
返り血を浴び転がる死体の中佇む+++は、狂気を孕んだ笑顔で俺に言った。

『あなたの最期がどんなものか見てみたい』



それからというもの隙あらば俺の命を狙って来る。
いくら撒いても必ず俺の目の前に現れるので、もはや半ば諦めているが妙な奴に気に入られてしまったと思う。

俺も大概だが、この女は根本的に頭がおかしい。

「そんな物騒な女と夜を共にする気はない」

「心配しないでよ、いくらなんでもそんなすぐには殺さないって」

+++はあっけらかんと笑いながら、疲れただなんだと抜かし木陰に座り込んだ。
確かに二日間寝ずに歩きっぱなしはさすがに堪える。俺は+++から距離を置いた木陰に座り込んだ。

「伊達にこの世界にいないから、アイヌの金塊のことも第七師団のことも結構知ってるんだ」

「…………」

「でもね、尾形ちゃん以外に興味ないの。邪魔しないから連れてってよ。いいでしょ?」

「…………」

「尾形ちゃんの最期見届けたいなぁ。きっと綺麗だよ」

「悪趣味な女だ」

「ふふ、おかげさまで」


うっとりとした様子で言う+++の方を俺は見ない。
いつの間にか、俺の隣に来て顔を覗き込んでいた。

「そんなに嫌なら私のことなんてさっさと殺せばいいのに。尾形ちゃんなら簡単でしょ」

細い指が顎の傷を這うように撫でる。

「俺がどんな人間か知らない癖に」

確かに殺そうと思えば、いつでもできるはずだ。
三十年式小銃の引き金に指を置き、+++の白い喉元に突きつけてみる。

かちゃ、と静かに音がする。
+++は表情一つ変えない。
おもしろくは、ない。


「弾の無駄だ」


小鳥が鳴く。
ザアア、と少し強い風が吹いた。


「そんなこと言って、求められて嬉しいんでしょう」


髪を棚引かせて笑う+++は、美しかった。


「眠くなっちゃった。ちゃんと起こしてね」

「さぁな」

「置いてかないでよ」

「……悪趣味な女」

「わかってるくせに」


そう言って、+++は俺の肩に頭を寄せて目を伏せる。
俺は三十年式小銃をしまい込み、ざわめく木立の間から空を見上げる。




お前には殺されない。


いいえ殺すわ、いつかきっとね。



そんな無意味な押し問答を繰り返しながら
『求め』の在り方はかくもこんなに様々か、と
半ばの諦めと小さな期待だけ秘め、俺もゆっくりと双眸を閉じた。