小説 | ナノ




やべぇよヤクザきちゃったよ…

不穏な空気に、背後でサラリーマンたちの動揺と恐怖に慄いた声がする。

「どうした?口説いてる途中なんだろ。続けろよ」

「す、すいませんすいませんッ!」

今にも泣き出しそうな震えた声で必死に謝るサラリーマンの男を余所に、尾形は表情を変えないまま淡々話す。
このままじゃ本当に折れる、と他の仲間が駆け寄ってきたところでねじ伏せていた手をようやく離した。
騒ぎを聞きつけてコンビニの店員やほかの客たちがジロジロとこちらを見ている。
気まずくなったのか、彼らはねじ伏せられてチビりそうなほど怯えている男を引っ張り慌てて去っていった。

もしかして、助けてくれた…?

ぽかんとしている私を他所に、先程まで見物していたほかの人々はまるで何事もなかったかのように既に日常に戻っていた。
さすがK町、こんなことは日常茶飯事なんだろう。ようやく我に返った私は、とりあえず尾形に頭を下げた。

「…ありがとう…ございます…」

尾形はちらと此方を一瞥したあと、新しい煙草に火をつける。

「もっと危機感持てよ、猫娘」

特徴的な仕草で髪を掻き上げながら言う。

その声は心配とはまた違う、まるでこんな時間に出歩いていた私が悪いとでも言いたげな冷淡な声だった。

安心していた心に急に妙な感情が芽生える。
少しの安堵。怒りと悔しさと悲しさ。
好きでこんな時間に出歩いているわけじゃない。喉まで来ていた言葉が一気に溢れ出す。

「…貴方にはわからないでしょうけど…一般人だからこんな時間まで働かなくちゃ生きていけないんです。貴方とは…尾形さんとは、違う。助けてもらってなんですけど…尾形さんだってそこらへんのチンピラと何も変わらない」


こんな街、大嫌い。

私は尾形の方を見ないで小さく呟いた。
なんだか泣きたくなって、でもその顔を見られたくなくて急いで立ち去ろうと踵を返す。

尾形はしばらくなにも言わずに煙草を吹かした後、小さな溜息を漏らして私の横を通り過ぎ、停めていた黒塗りの高級車の助手席を開ける。

「送ってやる」

「……え…?」

「さっさと乗れ」

それだけ言うと、早々と運転席に座った。


「結構ですっ!」

意地になって私が言うと、運転席から私を見て薄く笑った。

「…別に勝手にすればいいが…さっきのサラリーマンが警察呼んでこれ以上面倒なことにならないといいな」

「は…?!」

「それとも、復讐に来るかも。肝の小さい奴らの復讐は怖いもんだ」

私が驚き絶句しているのを面白がるようにして、尾形は相変わらず喉奥で小さく笑う。


「どうする?」

「っ…!」


もうだめだ。
最低だこの男。
やっぱりこんな街は、大嫌いだ。

心の中で散々怒りをぶつけながらも
何故か私は黒塗りの高級車に乗り込んでいた。


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