※レイアウト変更有り
※文体変更有り
※捏造初代最終戦後
以上を踏まえた上でスクロールお願いします。
幼い頃、自分は随分な泣き虫だった。虚勢を張ることも知らずにただ膝を抱え、姉が背を撫でるのを待っていた。自宅の屋根裏で、ずっとそうして姉を待っていた。
もうそのようなことをする己ではないというのに、どうしてまたこんなことをしているのかと、つんと痛み出す瞼を抑えてグリーンは唇を噛みしめる。場所は、あの懐かしい屋根裏ではなく、蒼い色をした木々の陰。じとりと湿る腐葉土の上。空を覆い隠すように腕を広げる森の奥。旅を始めてすぐに出会った、トキワの森の中だった。負けた、というたった一言の事実を背負った小さく細い肩が、森を抜ける風に撫でられ震える。何故負けたのか、どうして負けなければならなかったのか、何が自分を負けさせたのか。何度考えても終わらない問いを繰り返し、繰り返し、無自覚の下、痛みに焦げ付く脳内に走らせる。
負けた。それは自分が、彼に勝てなかったということだ。勝てなかった事実は動かない。かといって、今からあの場所にとって返し、雪辱を果たす力すら残っていない。そして誰もそんなことを望んではいないだろうと正確に理解できる程度には賢しい自分は、グリーンにとって嫌いなもののひとつである。中途半端な賢しさはただ自分を追い込むばかりで、何一つ役に立った試しがない。ちょっとした祖父の仕草から感じる違和感、幼馴染の感情、そういったものを察せられる頭があるなど、誰にも知られたくなかった。
今でも放っておけばどれだけでも思考を続けようとする自分を押し殺して、ぐっと眉間に皺を寄せる。力を込めなければ崩れ落ちてしまいそうな体を支えるのは、グリーン自身の矜持と、柔らかな羽毛をまとった一匹の獣。くるる――と喉を鳴らし、その獣は幼い右腕にすり寄り、嘴を鳴らす。翼を折り畳み伏せるその姿に、胸の内が熱くなる。
「ピジョット、」
大きく成長した獣の名を呼べば、今度は頬に冷たい肌が触れた。グリーンの肩の上を定位置としてきた四つ足の人魚が、ぺろりと赤い舌を覗かせ、頬を舐める。どうやら、我慢の決壊はとうに訪れていたらしい。知らず知らず零していた涙は無味である。
「シャワーズ」
肩の上でただ自分の声を待っているその四つ足の人魚は、思えば最初に出会った頃からぞんざいな扱いをしていたような気がするのに。どうしてこのような気遣いを見せるのかと、グリーンは泣きそうになった。シャワーズとピジョットは傍にいるだけだ。ぺろりと頬を舐め取る赤い舌と、腕にすり寄る柔らかな羽毛があるだけだ。なのにあふれる優しさは何にも比べられなかった。膝を抱えた幼い自分が求めた、あの優しさだけが届いている。
姉に背を撫でられた後は、決まって姉の胸にしがみついた幼い日。それを行っても許されるのだろうかと、恐る恐る、グリーンはピジョットの体にしがみ付く。
獣の体は温かかった。ふわりと香る野草の匂いが、つんと鼻腔を刺激する。髪を甘噛みされて、自分が拒否されていないことを知った。
ごめんと、小さな声での謝罪は自然に喉から滑り落ちた。
「いままで、ごめんな」
愛情を忘れていると諭されたばかりなのに、お前たちに頼ろうとする俺でごめん。何もしてやれなかったのに、甘えてごめん。――たぶん、謝罪の「ごめん」は、このような気持ちなのだろうと思う。けれどそれだけではないような気もしていた。グリーン自身でもよくわからない上での謝罪は、言われた彼らもよくわからなかったらしい。くるる、と一鳴きした翼の獣は、最低の主であろう自分の額に嘴を寄せて首を傾げている。その拍子に、彼の背から羽根が抜け落ちた。風に流され、一枚の羽根は掴む暇もなくどこかへ消える。
あれは俺だ、と、グリーンは思った。流されてどこかへ飛んでいく羽根、あれは俺だ。
「行こう。お前の羽があれば、どこへでも行けるさ」
私もいると言わんばかりに、肩の上で四つ足の人魚が身を震わせる。
「もちろんお前も一緒だ。お前の尾びれがなきゃ、俺は川のひとつも渡れないんだから」
涙はまだ止まらない。けれど、頬を舐めるぬくもりがあるから大丈夫だと思った。
――どこかへ行こう。お前たちのことをもっとよく知るために、俺達だけで旅をしよう。
綺麗だと思った。なんの変哲もない褐色の羽根は、しかしとても美しいものに思えた。自分の預かる獣があんなにも綺麗なものを持っていることを知らずにいたことが、ひどく罪深いとすら感じている。だから、もう一度。やり直せない過去を未来に繰り上げる。
「飽きるくらいにさ、話をしようぜ。もっとたくさん知っていきたいんだ」
広げられた翼は誇らしげだった。ふわりと頬を撫でる風圧に目を細め、グリーンは両手をピジョットに伸ばす。慎重に触れた首周りの体温が、手に心地よかった。
(その果てにあるものは、)