グリーンの体が離れたあとに感じたのはどうしようもない後悔と好意の渦だった。どうしようどうしよう、触れてしまった。そういう意図の上ではないけど触れてしまった。これはもう後戻りなんて到底無理だ。まだ触れる距離にいる、もう一度抱き寄せることのできる場所にいる。そんなところからグリーンは、ゴールドを見上げたまま動かない。
「おい」
「っ、止めて下さい解ってます解ってますから、どうせ顔が真っ赤で茹でタコみたいだって言うんでしょう、自覚ありますよめちゃくちゃ熱いですもん、だから言わないで下さい」
「面白くない。少しは言わせろよ」
「そんなにオレをからかって楽しいですか」
「むしろ嬉しい」
「まさに斜め上!」
にいっと唇を歪めてみせる彼は、どこぞの悪ガキのようだ。
「俺に触って赤面してくれるお前が、嬉しい。何ですると言ったお前の優しさが嬉しい。こんなにも嬉しいことが続いてるのに、楽しいの一言じゃもったいないと思わないか?」
また、腕の中に体が落ちてきた。これはひどいとゴールドは酷使される心臓を思った。何を言っているのか、そして何をしているのか、この人は。このままだと本当に、傾いてしまう。ぎりぎりで繋ぎとめている何かが力いっぱいゴールドの手を離れてどこかに飛び立とうとしている。止めてほしい。一時の浮つきに流されて、今までグリーンに対して積み上げてきた純粋な感情を失いたくはなかった。
なのにグリーンは。そんなもの知った事かと己の肩に額を置いて呼吸を繰り返す。緩やかなそれに安心はするが、比較して自分の呼吸が荒れているのが居た堪れない。
「あんまり、体起こしてない方がいいんじゃないですか? その、足に負担かかったり、とか」
「ああ、心配するな。くっつくことは確実だし」
「……はい?」
さらりと告げられた一言に、呼吸も心臓も止まる音がした。もちろん幻聴だ。だが、それくらいの衝撃はあった。グリーンは、肩口でとろとろと船を漕いでいる。
「問題はサボりたくなる量のリハビリだなー」
「さっきまで、まるで二度と歩けないみたいな言い草じゃ――!」
「そんなこと一言も言ってないだろ? 駄目だぜ、ゴールド君。人の話はちゃんと、最後まで、きちんと聞かないと。わるいひとに騙されるぞ」
「今、まさにグリーンさんに騙されたッス……。オレの覚悟返して下さい」
気が抜けた。抜けると同時に、一息ついた。奪われなくてよかった。グリーンからなにも奪われなくて、本当によかった。けれど、自分はなにか沢山失ったような気がする。
それでも。ま、いいか――と思うのは、グリーンと付き合っていく上で大事なことだ。
よくよく考えたら、滅多にない自分への態度も、いたいけな後輩をからかう為の演技だったと思えば納得できる。それくらい平気でやってのける人だ。足やら腕やら、全部悪ふざけだったに違いない。振り回されて割を食うのはいつも自分だが、それでもやっぱり、好意は消えなかった。
――ああ、後戻りできないところまできているのだなと、破裂しそうな心臓で悟る。
「復帰予定って、いつ頃、」
「まさかの利き足粉砕だからな。リハビリもあるし、まだ時間要りそうだ。家に戻ったって姉さんに迷惑かけることになるから、医者が許してくれる限界までは入院してるよ。ま、半年もあれば元通りの生活になるだろうさ」
肩口から聞こえる声がくすぐったい。このまま、この雰囲気なら言えそうな気がする。
「――復帰第一戦、オレが立候補してもいいッスか」
バトルコートで笑う人を一番に見るのは自分だったらいい。定位置に戻る彼を迎えたい。それはまだ好意で尊敬の範囲なのだと――。ゴールドは火照る体に必死に言い訳を続けた。
触れる体温の前ではまったく無意味な抵抗だ。そんなのとうに知ってはいるのだが。
条件はひとつだけ