※現代パラレルでクリスマス前夜。
※学生×社会人。









 何度も何度も使い古された言葉は、きっと手垢にまみれている。世界中の誰も彼もが唱えるそのフレーズは、人類が誕生したときから何万年、ずっと使われ続けている。
「だから、ってわけじゃないんですけど」
 難しい顔をして黙りこんでしまったその人に、オレは気恥ずかしくなって制服の裾を握りしめた。仕事帰りの人を捕まえて言うことではなかったなあと思うけど、理由を求められて答えないわけにはいかなかった。だってグリーンさんはおとなで、オレは子供。滅多に遊べないどころか生活リズムが違い過ぎて、こうして顔を合わせるのも何日ぶりだろうっていうのに。少しの会話のきっかけも勿体なくて、頼んだホットラテが冷めるのも構わずに彼と喋っていたかったから、よくわからない持論を持ちだしてしまった。ちなみに、ちょっとだけ後悔している。どんな理屈だよ。
「つまり、」
 紅茶にスティックシュガーを一袋丸々放り込んで、ひたすらぐるぐるとスプーンでかき混ぜていたグリーンさんはようやく手を止めた。怒ってるかなと思ったのに、さすが社会人何年生をやっているだけあってグリーンさんは表情を動かすことなくオレと目線を合わせる。逆に気まずい。
「お前が俺にそれを言わないのは、恥ずかしいとかじゃなくて単に古臭いから嫌だと」
「……ええっと」
 そういう意味じゃないのだが、言葉を換えればそういう意味にもなってしまう。何かもっと上手い言い回しはないのか。国語3の成績じゃたかが知れてるけど、もう少しがんばってひねり出せ、オレの頭。がんばれお前ならできる。
「それだけだと伝わらない気がしませんか。いろんな人が言ってるから、なんていうのか、言葉の意味がすり減っちゃってる、ような……?」
「青い」
 一刀両断だった。青いと来ましたか。青臭いじゃないだけマシだが、年の差八歳の相手に言われるとどうしようもなく落ち込む。彼の貫録に追いつけるのはいつだ。
「じゃあゴールド、お前これから先ずっとそれ言わないつもりか」
「そんなこと言ってねえっすよ。ただもっと、違う言葉がないかなと思って」
「――月がきれいですね、とかか?」
 有名な小説家の一節を唱えて、グリーンさんが笑った。どきどきするんでその笑顔は止めてほしい。でも見たい。っていうかその顔他の人の前でしないですよね?
「それよりはこっちが好きです。――貴方の為なら死んでもいい」
「俺はどっちも嫌いだな。姉さんが文学少女だったから覚えたが」
「……何スかその疑惑の籠った目は」
「いーや、お前はどこでそんな台詞覚えたのかなあゴールドくん、と思っただけだよ」
「授業で習ったんです! いくらなんでも学生身分でこんな臭い告白しませんよ!」
 どうだかと肩を竦める人は本気で疑っている。そこまで言わせたいのか。……よく考えてみればこの人とは色々すっ飛ばして恋人になってしまったが、口にしたのは――片手どころか人差し指と中指で事足りてしまう。相手が年上なことに焦ったオレが必要な段階を全部踏み倒した結果この状況が生まれているのかもしれなかった。そしてオレの持論というかわけのわからん理屈も、ちゃんと交換日記レベルから始めていたら思いつくこともなかったのかもしれない。たぶんオレはなんやかんやと言い訳しているが逃げたいだけなんだと思う。こどもの戯れとか思われるのは嫌だし、おとなになるまで、って。
 言わなかったら、もしかしたらずっとグリーンさんは待っていてくれるかもしれない。そう思い込んで、捨てられないように現実見ないでいたいだけなんだろう。
「ゴールド」
「う、」
「その破綻しまくった言い訳に対して、俺なりに反論を組み立ててみた」
 湯気の消えた紅茶で唇を濡らした人は、人の悪い顔をしてオレを追い詰める。
「それらの言葉は使い捨てだ。同じフレーズだが毎回使い捨て、過去現在未来で全く違う状況で使うこともある。だからその都度、誰かが想いを込めて言うたびに新しいものになってる。よって、手垢のついた言葉じゃない。――どうだ。不満?」
「……全部わかって言ってますか、グリーンさん」
「だから青いんだって、お前」
 再度のフレーズに再起不能になりそうだ。なんだか癪だ。こうやっていつも口論になりかけると年上の目線で語られて、オレはいなされてハイ終わり。たまに喧嘩したって、どれだけオレが負けててもグリーンさんは自分から折れる。折れてけらけら笑っている。どうしたって追いつけない余裕は、オレがグリーンさんの年になったら得られるのかと言えばそんな確証はどこにもない。それどころか、また先に進んだグリーンさんにその時こそ見捨てられてもおかしくない。気持ちを疑ってるんじゃないんだ、立ちふさがる年の壁をぶち壊したいだけだ。ありもしないタイムマシンをサンタにねだりたくなるくらいには。
 でも。頼りない子供のオレは間違いなくグリーンさんの恋人だから。
「言いたくないわけじゃない、んで! これからは、もっと言葉にします。好きです。大好きです。愛してる――は、クリスマス当日まで待って下さいお願いします」
 過去最大級に真っ赤になっている顔が、綺麗に磨かれたテーブルに映っている。グリーンさんはぽやっとした顔をしている。気を抜いた時の顔。家にいるときと同じ雰囲気だ。
「――……あー、青い。やっぱゴールドお前相当青臭い」
「さすがに立ち直れないんでそれ以上は止めてもらっていいっすか」
「――わかった。フェアだ、フェア。柄じゃないっていうのに、ったく」
 また紅茶をスプーンでかき混ぜながら、グリーンさんの視線が逃げた。
「待つよ。お前が満足するまでずっと待ってる。途中で待ちきれなくなったら強請るから、そんな焦らなくていいよ。ひとりでがんばられると、正直寂しい」
 逃げ切れなかった耳の赤さに、一足早いクリスマスプレゼントを貰った気分になった。










あわてん坊の



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