大きな溜め息を吐いて机に突っ伏す弟の頭を、何事だろうとクリスは見つめた。
「なにか悩み事?」
「なんでもないー……」
 ああ、うう、きい、と理解できない唸り声をあげながら頭を抱えるのは、どう考えても「なんでもない」はずはないのだが。その顔が、耳から頬まで真っ赤になっているのを見て、追求するのはひどいかなと悟る。ゴールドがこうなったのはたしか、あの日から。
「グリーンさんに引かれたらどうしよう……」
 やっぱりそうかとクリスの笑みが深くなる。トキワシティでの大立ち回り、旧ロケット団の残党とトキワジム精鋭による市街地戦は、ほぼ小一時間ほどで終結したと聞いている。その際、ジムトレーナーを率いて前線に立っていた人が地下水路に落下した。決死の捜索の末に彼を、グリーンを見つけたのは、他ならないクリスの弟だ。
 たぶんその時になにか口を滑らせたんだろう。ジョウトを拠点にして旅を続けているはずのゴールドが週に一度は必ずカントーまで出向く理由や、ワカバに戻ってくれば切ない視線でトージョウの滝を見ていること。それらを考えれば、弟が何を思っているのか見当をつけることはできるけれど。姉としてはどうか、直接弟の口から聞きたいものである。
「大変な道だけど、私は応援しているから。がんばって!」
「……突然なんですかお姉さま」
 怪訝そうな金色の目には、にこりと頬笑みを返しておく。その途端、ぱたりと力無く両手が机に広げられた。
「クリスは誤解してる」
「そうなの?」
「間違いなくクリスが思ってるようなことじゃない。引かれたらどうしようっていうのは、その、あー」
「なぁに。はっきりしなさいよ」
「前の時に、あんたがいなくなったら泣いてやるー! みたいな事口走ったオレがいます。気持ち悪がられてたら、落ち込む……」
 くい、とクリスは首を傾げた。
「そんなにおかしなこと? 尊敬する先輩がいなくなったら泣くのは当然じゃない?」
「男から男に言ったら色々まずい言葉なんで、すー。オレの馬鹿」
「ゴールド、グリーン先輩のこと嫌いなの?」
「好きだよ! いや違う! そういう意味じゃなくて好きだよ!」
「ならいいじゃない。好意から出た言葉なんでしょう? 人の好意を無下にするような、先輩はそんな人じゃないわよ」
「う、」
 いまだ熱の引かない顔を背ける背中がなにか眩しいものに思えて、目を閉じた。
 なんだ、恋煩いじゃなかったのね。そう安心する気持ちと残念な気持ちはちょうど半々だ。話を聞いた今でもゴールドのそれが無自覚の恋にしか思えないのは、姉の欲目なのか女の勘なのかは判別つかないけれど。とにかくゴールドはグリーンからマイナスの感情を向けられたくないらしい、ということだけは、はっきりしている。
 なら解決法は簡単だ。会って、話をしてしまえばいいのだから。
「グリーンさんを病院に運んでから、会いに行ったの?」
「騒がしたら駄目だろ……。行ってないよ」
「嘘ばっかり。確かめるのが怖いだけでしょう。そんなに心配ならちゃんとお見舞いして、話をしてきなさいよ。貴方の取り越し苦労だと思うけどね」
「そんな度胸あるなら家でごろごろしてねえッスお姉さま」
「うちに自宅警備員は必要ありません。さっさといってらっしゃい」
 発破をかけてもうだうだとゴールドは数十分程ぐずっていたのだが、ポケギアにメールが入り、それを一読した瞬間に空気が変わった。不安に曇っていた金色の目がみるみる細くなって唇を引き結び真剣な顔をする。そして相棒のバクフーンを呼びリュックを背負い、被る暇もないのか帽子を手にとって玄関を飛び出す背中を、慌ててクリスは追いかけた。
「ちょっと、ゴールド!?」
「グリーンさんから連絡! お見舞い来てほしいって! だからカントー行ってくる!」
「こら! 行くならちゃんと品物持って行きなさい――って、もう! せっかち!」
「ごめんトキワ着いたら連絡する!」
 遥か空の彼方、虹色に煌めく翼を広げて飛び立つ鳳。その背に跨った弟の姿が遠く、雲の向こうに消える。先ほどまでの戸惑いはどこに消えたのかという身の早さだった。
「本当に、単純なんだから」
 なにか難しいことを考えての行動ではないに違いない。呼ばれたから行く。それだけのこと。待たせるのは悪いから、すぐに飛び出した。ゴールドにとっては、それだけのこと。
 迷惑をかけてないといいけれど、とクリスは苦笑した。特別お人よしのゴールドのことだからそれはないと思う反面、真面目故になんでも真に受けてしまう所があるから。
「変なとこばっかり気難しいのよね、ゴールドってば」
 自分の恋にもそれくらい、真面目になればいいのに。







ティルナノーグの双子




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