ぴたり、と合わせたてのひらが、やさしい熱を持つ。未発達な、少しずつ骨が張り始めている俺の手とは違う指。それでもすらりと伸びたそれは指先に形のいい角爪を乗せていて、これからまだまだ大きくなるのだろうと思うと楽しくなった。まるで恋人同士のような触れ合いだが、生憎と目の前できらきらした金色の目を輝かせている後輩は俺の気持ちになどさっぱり気づいちゃいない。鈍感なところも可愛いと思うし、純情な性質は好ましい。が、ここまでくるといっそ病気だ。出会ってから幾度となく口説いているというのに、まったく言葉の裏を読みもしないこの馬鹿は、今だって唐突に手の大きさ比べなんてものを提案して俺を困らせている。いつか襲うぞ、この朴念仁。
「う、わ……、やっぱグリーンさんの手、大きいっすね」
「これでも一応年上だからな。でも、お前も将来有望じゃないか」
「そうですか?」
「手が大きいと成長が早い」
「じゃあ、いつかグリーンさんより背、高くなるかもってことですね!」
「生意気」
「指逆折りは勘弁して下さい……!」
 遊び混じりの戯れに指を逆方向に曲げる真似をする。ゴールドは本気にとっているようだけど、そんなことするわけないだろ。たとえ爪のひとかけらさえ失うのも怖いというのに、傷つけたりするものか。ったく、いい加減我慢も限界だ。
「グリーンさん?」
 はたはたと瞬きを繰り返す瞼の上で、男にしては長めの睫毛が揺れている。そういえば、狼の睫毛越しに人間を見るとその本性がわかるって童話があったな。狼は純粋な生き物だから汚い人間の本性を見透かしてしまうという話だったが、それなら、人よりも数倍きれいな心の持ち主であるゴールドが見ている世界はどんなものなんだろうか。俺には見えない世界であることは間違いないけれど、もしゴールドの体越しに世界をのぞき見たら少しはその世界を実感できるかもしれない。ああ、違う。そうじゃない。今は。
「なあ、ゴールド」
 彼の体の一部だから。まっすぐに伸びて日に焼けた指はまるで俺を打ち負かした少年そのもののようだ。何気ないふりを装って、するりと指を絡める。引かれない程度に、けれど、ゴールドが意識するように。目を伏せて口角を少し上げ、使い込んだ執務机の前に立っている愛しい後輩を見つめた。
「や、あの、えっと」
 じわじわ――と形容してもいい速度で、ゴールドの顔が赤くなっていく。こんなにウブで大丈夫か、こいつ。悪いおとなに引っ掛かったりしてないだろうな? ――いまのところ俺が一番性質悪い先輩だというのは、棚に上げておくとして。
「指、」
「はいっ!?」
「きれいだよな。前から思ってた」
「そ、そんなことはない、と思う、っす、よ……?」
 ぐだぐだに噛みながら言うゴールドの顔は、耳まで赤い。
「ボール構えてるときとか。すごくかっこいいよ」
「あ、の」
「様になってる。目つきも真剣だから、尚更」
「……す、」
「ん?」
 ふと首をかしげて見せながらも、たぶんここらが限界だろうと思う。うろたえるゴールドは可哀想なほどゆでたこになっていることだし。まあ、手をつなげたことは進歩か。
「すいません出直してきますっ!!」
 わあん、と涙声での捨て台詞をひとつ残して、どうやら予想通りにキャパシティオーバーを起こしたらしい後輩は走ってジムを出て行ってしまった。あちこちでジムトレーナーの悲鳴が聞こえているのは、ギミック床を踏み倒しながら走っているからだろう。なんだよ、そんな可愛い真似しやがって。にぶちんのくせに。また惚れ直すだろうが。
「……リーダー」
「ああ、ヨシノリ。お茶飲むか?」
 ゴールドが話の途中で出て行ってしまったので、ポットにはまだ紅茶が残っている。引き攣った笑顔でやってきた一番古株のジムトレーナーに何くわぬ顔でカップを差し出せば、いらないですよとヨシノリは声を震わせた。笑いをこらえているらしい。
「お前な、上司の恋を応援するならともかく、笑い話にするなよ」
「したくもなるでしょう。通算、何回目ですか。逃げられるのは」
「ちぇ。逃げられたのは今日が初めてだよ。いつもは気づいてすらくれねえから、あいつ」
 でも今日はめずらしい赤面を見ることができた。少しずつ意識を向けてくれている証拠を確認できただけで、満足しておこうか。
「なんなら手伝いましょうか、リーダー」
「いらねえよ。外堀埋めるのは退路を全部絶ってから」
「そういうことですか……。ゴールド君も可哀想に」
「どういう意味だ、それ」
 ご自分が一番ご存じのことでしょうとヨシノリは噴き出す。なんのことだかと俺はとぼけて見せて、壁のカレンダーに目をやった。
「なんだ、明後日は日曜じゃないか」
 堂々とゴールドと出歩ける週一度の休日が、ようやくやってくるわけだ。








遠くマナの聖域



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