入学したばかりの僕には、彼の熱の入れようは理解できなかった。
「それでさ、クラスの皆がすっごいはりきってて」
「……ふうん」
「もうバンドとか組んで練習してる奴もいるんだぜ」
「へえ……」
 気のない僕の返事に焦れたのか、ちゃんと聞いてくれよとサトシは頬を膨らませた。もう高一になるというのにいつまで経っても子供っぽい。僕らが別れた小学校の時から何一つ変わっていないようでもある。それに少し安心するのも事実だけれど、中高一貫クラスの二組にいるサトシに、僕が介入できない交友関係があるのもまた、事実だった。――別に介入したいんじゃない。こうしてサトシが昼休みにわざわざ天文部の部室までちょっかいをかけに来るものだから、変に考え込んでしまうだけだよ。それだけ。寂しい、だなんて、思っているわけないじゃないか。
「サトシ」
「ん? なになに?」
「そんなに気合いが入ってるなら、教室に戻ればいいじゃないか。秋の学園祭に向けてもう準備を始めてるんだろう? 時間はいくらあっても足りないと思うけど」
「へーきだって。オレは大道具だし、それにうち、出し物プラネタリウムだからさ。天文部の友達がいるって言ったら、なんとかそいつ仲間に引っ張りこめって言われた」
「僕は僕のクラスでやることがあるんだけどね。君のところはそんな人ばかりなのかい?」
 毎年毎年、一貫クラスがすっとんきょうなことをしでかして学園祭をめちゃくちゃにするという噂は四月から聞いていた。学力重視である特別進学クラス、九組の担任は苦虫を数百匹は噛みしめた表情で、「学園祭の時期のあいつらには極力関わるな」と事あるごとに言い聞かせていたので正直、あまりいい印象はない。彼らは四年目の付き合いだから、その結束力とマンネリを嫌がる傾向でもって、毎年、とんでもないことをするのだと。でもこうしてサトシの話を聞いてると、みんな、楽しんでいるのがわかってしまう。
 きゅう、と気管が窄まって、息が苦しくなった。
「天文部といっても、在籍してるのは僕と先輩だけだよ。アドバイスを期待するだけ無駄」
「夏休みの流星群観測に付き合ってくれるだけでいいんだって! 学校の望遠鏡、天文部じゃないと使用許可下りないんだ」
「元々あの望遠鏡はうちの備品なんだから当然だろ……。それに、流星群の観測は天文部の仕事の一つだよ、サートシ君。部外者はお断り」
「シゲルのケチ!」
 ぶう、と唇を尖らせたサトシを無視して、二人しかいない部の活動記録をつける作業に戻る。先輩は忙しくて中々部室に顔を出せないから、記録をつけるのは僕の役目だった。
「チャイムがなるぞ。教室に戻れよ、サトシ」
「シゲルは? 一緒に戻ろうよ。途中まで道同じだろ」
「僕はまだ仕事が終わってないんだ。一貫クラスのほうが校舎遠いんだから、先に行って」
「……わかった。じゃあ、シゲル。また明日な!」
 視線を手元からずらさずに、おざなりに返事をする。ふらりと手を振って出ていくあいつの背中を見送る気には、どうしてもなれなかった。
「ばかか僕は、」
 進学率で選んだことは否定しない。僕には家業を継ぐ意思も責任もある。
 また同じ学校に通えるのだと感傷をかみしめたことなんて、ほんの少しだけのことだ。





 その後たまたま、二組の前を通りかかることがあった。開けっぱなしになっている廊下の窓から、生徒の声がもれていた。サトシの声だった。
「やめろってくるしい! 首しまってる!」
「うるさい俺だけ恥ずかしい目にあうのは御免だ! お前も歌え、サトシ!」
「委員長はクラス一致で決まったことじゃん! 朗読とか歌とかやだよ! オレはプラネタリウムの裏方するんだってば。じゃないと口実なくなるだろ……!」
「べらぼうに歌上手いくせになに言ってるのかなあ、サートシ君。俺様が逃がすとでも思ったか、お前が出ないなら俺も出ないって言いふらしてあるから観念しろ」
「ちょ、なにしてくれてんの! オレのプラネタリウムー!」
 サトシの首をつかんでじゃれているのは風紀委員長だった。一貫組だとは知っていたけれど、ああ、サトシと仲が良かったんだ、あの人。まわりのクラスメイトも、ふたりを囃したてたりちょっかいを出したりして、二組はがやがやと騒がしかった。


また、息が苦しくなった。






(羨望だと認めることは、どうしてもできなくて)




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