今日も俺は日課である境内の掃除をする。冬の近づく境内では毎日が落ち葉との格闘だ。拝殿の前、賽銭箱のあるあたりではウインディとグリーンがじゃれあっていて、キュウコンが丸くなっている。いつもの、村の神社の光景。たまにここに、コトネやヒビキ、カナデなんかが加わって騒々しいことになるのだが、今日はまだ、年少組の来訪はない。
 そう、今日はまだ、話の腰をぼっきぼきに折って下さる彼らが来ていない。
「グリーン」
 これはまたとない機会だ。なにせ彼らときたら、最近は寒さもましてきてるせいか社の神使と地祇の熱――というか毛皮を求め、ほぼ毎日のようにやってくる。おかげで俺とグリーンがゆっくり話す暇なんてほとんどない。さすがに夜になれば話もできるかと思ってみれば、昼間にはしゃぎ過ぎたグリーンはあっという間に本殿に戻って眠ってしまう。そうでない日はウインディに乗ってふらっと散歩に出ているし。散歩は前から好き勝手にしていたグリーンだから別に構わないけど、こうもゆっくりできる時間がなくなれば俺だって焦れる。――年少組がグリーンと遊んでいたおかげで例の手記の解読がほぼ終わったことは、収穫といえば収穫なんだろうが。そのせいで尚更俺はもやもやしているのであって。
「レッド? いま呼んだか?」
「うん、ちょっとね」
 首を傾げて近づいてくるグリーンは、久しぶりに完全に化けてみたのだと言って耳も尻尾も出していない。そうすると本当に普通の人間と変わらない。俺よりちょっと背の高い、どこぞの貴族の末弟みたいだ。尖がっている髪が実は柔らかい癖毛であることを知っている俺は、やっぱりいつもの癖で彼の頭を撫でた。
「なに?」
「いや、うん」
「なんだよ、歯切れ悪いな」
「優柔不断なもので」
「夕飯のおかずも迷ってるよな、お前」
 けらけらとおかしそうに笑う狐の顔を、じっと見つめる。俺が知りたいと思っていることを彼に訊いてしまったら、もうこんな風に笑ってくれなくなるのだろうか。それは、嫌だ。時を過ごせば過ごしただけ入れ込んでいるというのに。それに、俺はたぶん終生ここの神主なのだろうから、グリーンに嫌われたら生活面の意味でも生きていけない。
 けれど俺は真相を知りたいと思っている。手記に書かれたことが本当なら、もしかしたら俺は誰かの代わりに使われているという可能性すら、ある。だから、知りたい。
 ――「やっときたって、思っちゃったんですよ」
 今になってヒビキの言葉が引っ掛かるのだから、俺は相当な臆病者だ。誰かの代替に使われていたっていいじゃないかと、悠然と構えられるような男だったらよかったのに。
「おい、レッド。いい加減になんか喋れ」
「――グリーン」
「ちょ、顔近くねぇか……?」
「大丈夫、気のせい」
 なにが大丈夫なんだ、というのは、放っておいて。
「僕がいまから言うことに怒らないでほしい」
 いざ言葉にしてみたら、自分の女々しさに涙が出そうだった。……都にいたころの殺伐とした俺は行方不明になったまま帰ってきてくれないようだ。
「は? 怒られるようなこと言うつもりなの、お前」
「怒るっていうか、嫌わないでくれると、嬉しい」
「……ますます意味わかんねえ」
 嫌うとか、ねーよ。ふにゃりと笑うグリーンの言葉を、俺は頭っから信じる事にした。
「――君は、俺と誰を重ねて見ている?」
 グリーンが目を見開いた。少し開いた口元から、人よりも鋭い犬歯が覗いている。
「レッド……?」
「全部読んだよ。古い文字で読み難かったけど、なんとか読み終わった」
「何が、書いてあった?」
 考えていたよりも、ずっと彼は冷静だった。もっと取り乱すかと思ってた。
「君のこと。それから、いなくなった神様の事」
「うん」
「グリーン、は、君の名前じゃなかったんだね」
「そうだよ。もらったんだ」
 初めて会った時と同じことを言ってた狐と、視線を合わせる。ばかだよお前、とグリーンは眉を八の字にして不満を訴えた。
「別に、隠してたわけじゃない。昔のこと訊かれたくらいで、嫌いになったりするもんか」
「……じゃあ、怒りもしない?」
「それとこれとは話が別。とりあえず一回だけ殴らせろ」
「なんで」
「どんなこと言われるんだろうって、びくびくさせた罰だ。ばーか!」
 ごちん、と振り下ろされた拳に、目の前がちかちかした。これは理不尽だ。








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