レッド、レッド、と、俺のあとをついてまわるグリーンを微笑ましく思いながら、俺は境内の掃除に励む。位階が上がった代わりに都から遠く離れた土地の神主就任が決まった時には、ああこれは事実上の左遷なのだと切なく思ったものだけど、こうしてみると案外、村の神主さん、という仕事も悪くない。就任一ヶ月にして村に馴染むことができたのは、一重にこの、寂しがり屋の狐のおかげだった。
「レッドー」
「何、グリーン」
「んや、呼んだだけ」
 楽しそうに笑うグリーンは、傍に控えている炎色の狛犬に抱きついた。柔らかそうな毛皮に覆われたそれをグリーンはウインディと呼んでいる。それが眷族としての名前なのか、それともグリーンが名付けたものなのかは知らないが、彼と彼の仲間はとても仲がいい。長らく村と彼らだけの生活だったから、お互いに気心も知れているのだと狐は笑うのだ。
「今日はいい天気だね。焼き芋でもする?」
「芋なんかあったか?」
「昨日ヒビキがお供えしてくれたよ。愛されてるなあ、グリーンは」
「ばっ、ばかなこと言ってんじゃねえよ!」
 照れ隠しに彼はきゃんきゃんと吠えて、尻尾をぶんぶん振った。いつもは一本しか出していない尾が三本になっているのは興奮して力が制御できていないからだろうな。まったく、神格を帯びるほどに強い力を持っている癖に。変なところで幼いんだ、グリーンは。
 俺は目を細めて、自分より少し高い位置にある彼の頭を撫でた。耳の付け根をくすぐるようにしてやるとすぐに吠えるのを止め、ほわっとした顔でへらへら笑っている。これがこの社の「神」だなんて、村で話を聞くまではとても信じられなかったけれど、彼と交流を持つ村人たちの姿を見ていればいつまでも疑ってはいられなかった。
「……レッド?」
「ごめん、考え事」
 途端に不安そうな顔をするグリーンの頬を引っ張ってやりたくなる衝動にかられる。
「あんまり気にすると、禿げるぞ」
「妖怪が禿げてたまるか……」
 自分のことを妖怪と評した狐は機嫌を損ねてしまったのか、ウインディにまたがって社務所のほうへと消えてしまった。けれど去り際にこちらを振り返り、「焚き火の用意して待ってるからな!」と言い捨てるのも忘れない。耳が赤かったのは、彼の矜持に免じて黙っておいてやろうか。
「妖怪、ねえ」
 グリーンにその自覚はないようだけれど、ここの地祇がいなくなったとき、既に神格の譲渡は行われていたらしい。それは長い間、社の管理をしてきた家の少年が教えてくれた。
 ヒビキという少年曰く、社から神が消えたのは今から大体百二十年くらい前のことなのだそうだ。それは村の伝承にも残っている記述で、その年の村は不作に見舞われたのだという。土地の守り神である地祇が消えたのだから当然の結果なのだが、次の年からは例年通りに収穫があった。その前後から、頻繁に村人の前に白狐と金狐が現れるようになった。それがグリーンと彼の神使。元いた地祇の神使は狛犬だったから村人はずいぶん戸惑ったようなのだけど、村を守る神が交代したのだと悟るまで時間はかからなかったらしい。
『――でも、今の神さまにはさっぱりその自覚がないみたいで。なんだか微笑ましくて』
 グリーンが昔からこのあたりに住み着いていた妖狐で、社の神とどういう経緯があって神格の譲渡が行われたのか、ヒビキは知らないといっていた。知らなくていいことだとも。ただ、純朴そうな少年はやっぱり、グリーンは無自覚すぎるといって頬をかいていた。
 たしかにあれは、祀り甲斐がないよなあ。と、半分部外者の俺ですら思う。
「なんせ自分が神だって自覚もないもんな……」
 グリーンはその持前の神通力と、前の地祇から譲られた高位の神格でもってかなりの災害を防いだり、豊穣を招いたりしているのだが、それらはすべて自分が九尾だからだと思い込んでいる。そりゃ九尾といえば妖狐の中でもかなり上位の存在だけど、たったそれだけで災害が防げたりはしない。負のほうに働く力を正に動かすというのは大層無理のたたる行いなのだ、狐だからって万能じゃないのに。
 かくしてグリーンは以来百二十年間、自分がこの土地の土地神であるという自覚もないまま、社に住み着いているというわけだ。期せずして俺は、懐かれた相手に仕える神職ということになる。なんだかあべこべだな。
「……追々、考えて行けばいいか」
 どうせ都に帰る予定もない。村に眠る歴史の秘密はゆっくり解き明かせばいいだろう。その前に考えるべきなのは、へそを曲げてしまったお狐様の機嫌をどうやってとるか、だ。
 拝殿に供えたままの芋を取りに向かいながら、グリーンのふくれっ面を思い出して俺はひとり噴き出した。






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