グリーンさんと暮らすようになってから、事故当日を入れて三日目。自分は居候だと言って譲らないグリーンさんが家事をしてくれるようになって、わかったことが一つある。
「……美味しい、」
「自信作を褒めてくれてありがとう、シゲル」
 にっ、と、少しだけ犬歯をのぞかせて笑ったグリーンさんから目を反らして、肉じゃがを頬張る。美味しい。悔しいくらいに。――そう、わかったことというのはこれだ。僕は自分で思っていたほど料理が上手ではなかったらしい。人並みには作れると自負していたのに、まさに家庭の味といったグリーンさんの料理を食べているとそんな自負もすっからかんになってしまう。料理って、こういうことを言うのか。勉強になったよ。
 これじゃあグリーンさんが帰った後に自分でご飯を作るのが嫌になってしまいそうだなあ、と考えながら、少しずつ近づいている彼女との距離を実感した。研究に集中したい今の時期にそれを嬉しく思ってしまうのは、グリーンさんがまるで僕の姉のように接してくれるからだろうか。甘え方なんて随分昔に忘れてしまったと思っていたのにね。




 することをすべて済ませてしまえば、後はもう眠るだけだ。明日はグリーンさんと一緒に研究所に行く予定だから、いつもより早めにベッドに入る。普段は研究所の仲間が勝手に集まってわいわいと騒いでいくゲストルームはすっかりグリーンさんの寝室となっていて、おやすみと頭を撫でていくぬくもりを残して彼女も早々に布団に潜り込んでいた。
だというのに当の僕はと言えば、お風呂上がりでぺたんとなってしまった癖っ毛をくしゃりと梳いていった指先を思い出し、一人でうんうんと唸る羽目になってしまった。
「……恥ずかしいなあ」
 まわりが思っているほど僕は子供じゃないのに、そんなことグリーンさんはお構いなしに僕を甘やかすからなんだか恥ずかしい。嫌じゃないからまた困ってしまうし。まるで家族みたいだね――と脳内で囁く声を全力で無視する。無視ったら無視。そんなとりとめもないことをぐるぐる二十日鼠みたいに考え込んでいたら、細い光が部屋のドアの向こうから差し込んできた。グリーンさんが起きた? でもどうして僕の部屋を開けるのだろう。
「もう無理、限界……っ」
「だ、大丈夫ですか?」
 押し殺したような声に慌ててベッドの上で上半身を起こせば、思わずどもってしまうくらい切なげな顔をしたグリーンさんが枕を抱えてベッドの傍に立っていた。何事ですか。
「一緒に寝よう、シゲル!」
「……はい?」
「ベッドじゃないと寝れねぇの、俺。だから一緒に、な?」
 布団に慣れていないんだと、はにかんで笑う表情に誤魔化されそうになっている僕、落ち着け。ちょっと待ってグリーンさん、貴女いま何て言いました。
「一緒、ですか……?」
「だってこの家、ベッド一つしかないだろ?」
 さも当然、の口調で断言しないでほしい。
「……ゲスト用の布団なら二組あります」
「だから、布団、限界。無理。ほら横詰めて。横にウィンディが寝てるようなもんだと思えば大丈夫だって」
 無茶苦茶にすぎる理論を振りかざしてグリーンさんは僕のベッドに入ってきた。セミダブルのベッドだったことに感謝したのは今回で二度目だ。一度目はボールにしまい忘れたブラッキーがいつの間にか入り込んでいたときで、今回はグリーンさん。僕のベッドは誰かに侵入される運命でも持って誕生してきたとしか思えなくなってきたよ。
 細身のグリーンさんと僕ではベッドはちょうどいい大きさだった。ごろごろと目を細めてシーツに頬をすりつけているグリーンさんは本当にポケモンみたいで、年上の人に失礼な感想だけれど、可愛らしいと思う。そんなことを瞬時に思ってしまった自分が何かとても悪人のような気がして、グリーンさんに背を向けて体を丸めた。頭の上のほうでくすくす忍び笑いが聞こえる。
「俺が美人だからってムラムラするなよー?」
「……しませんよ」
 ぶすっとした声で返事をしたら、ぎゅうと背中から抱きつかれた。まだ笑っているようだから、これが彼女なりのスキンシップなのかな。ああもう、また流されている。嫌なら嫌と言えば楽なのに嫌じゃないから困ってしまうよ。――……それってつまり、流されているんじゃなくて自分から流されに行っていないか? そんなの考えたくない事実だ。
「――眠れないか?」
 思考に没頭していると、グリーンさんが心配そうにしながら声をかけてくる。……もういいか、流されても。こんなこと思うのはきっとグリーンさんにだけだから。どうしてか、を考えるのは止めだ。ポケモンには相性があって、それは当然人にもある。偶々僕らの相性がよかった。そう思っておく。
「大丈夫ですよ。おやすみ、グリーンさん」
「うん、おやすみ」
 そんなことを言ったあとも、グリーンさんはうつらうつらとしながら自分の話をしてくれた。研究の話、元ジムリーダーだった話、後輩の話。そして家族の話。お姉さんがいるということを僕は初めて知って、少し納得した。とても仲の良い姉妹なんだろうなって。
「シゲルもおれのこと、姉さんってよんでいいんだからなー……」
 毛繕いの話の途中で突然そんなことを言って、グリーンさんは眠りに落ちてしまった。――どうしよう。とても耳が熱い。爆弾に火をつけて放置だなんて、卑怯だ。



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