ある日、僕は実験に失敗した。化石からのポケモン復元という、ある意味慣れ親しんだはずのその実験は何故か暴走を引き起こし、膨大なエネルギーをナナカマド研究所の内外に放出して終わった。まばゆいばかりの閃光。それに目を焼かれ、痛みに顔を両腕で庇いながら僕の脳裏によぎっていたのはただ、絶望ばかりで。 だからこんなこと、想定外を通り越して予想外。きっと、世界中の誰もが想像しなかっただろうと思う。 「――……なんだぁ、これ」 閃光がおさまると同時に聞こえてきた、若い女の人の声。それは間違いなく復元装置の中から発せられていた。けぶる視界がようやく馴染み、視力を取り戻した先の光景を見て、僕はまた、言葉を失った。 そこには、ゆるく伸ばされた茶髪の――女性がいた。 ――結果的に言えば、実験は失敗した。それはもう大失敗といってもいいくらいだ。その代わりにとても興味深い事例を引き起こしたその事故を、研究所の面々もナナカマド博士もあたたかい好奇心でもって受け止めてくれた。ありがたいとは思うんだけど、こんなに呑気で大丈夫なのかな。少し心配になってしまうよ。 考え込む僕の前で、装置から現れた女性はほくほくとした表情でココアを飲んでいる。生憎コーヒーは切らしていたのだが、どうやら満足してもらえたようだ。グリーンと名乗った彼女もどうやら研究者らしく、黒いポロシャツとスラックスの上に白衣を羽織ったままである。なんでもグリーンさんがやってきた「世界」の側でもちょうどタイムマシン装置の実験をしていたから、それが相互間におかしな作用をもたらしたのだろう、というのが、グリーンさんとナナカマド博士の考えだった。他にも様々な専門用語やポケモンの名前が聞こえてきたが、僕をしても理解できるのはそこまでだった。難解で有名な博士の話についていけるあたりからして、彼女がどれだけ優秀な研究者なのかが解る。ちらりと見えた腰のホルスターには種類もばらばらのボールが六つ連なっていたから、きっと僕のようにフィールドワークも行うのだろう。 手持無沙汰だからか、そんなことばかり考えてしまう。 「どうした? 眉間に皺、寄ってんぞ」 すっかり飲みきってしまったココアのカップを手で弄びながらグリーンさんが首を傾げる。すいませんと思わず謝ったら、彼女は、にい――と悪戯っ子のように笑った。 その瞬間。額に軽い衝撃と、柔らかい感触。そして――リップ音。 「――な、何っ……!」 「あんまり皺寄せてると、癖になっちゃうぞー」 間近に迫ったグリーンさんの表情が柔らかく笑み崩れる。あれ、一体僕、今なにをされたんだろう。別にはじめてでもないのに妙に顔が熱くなるのがわかる。これは、まさか。 「なんか不思議と構いたくなるなあ、シゲルは」 揶揄するような口調なのに、表情はどこまでも柔らかい。額へのキスなんて気障なことをする割にまるで子供みたいな人だった。なんだろう、この人。久しぶりに感傷染みた懐かしいという思いが沸き上がる。ありもしないマサラの匂いが香る。懐かしいけれど、帰れない場所。帰りたくない場所。たったひとつのキスなのに、ぐるぐると色々なことが思い出されていく。 「俺さ、しばらく住むところないんだけど」 よしよしと僕の頭を撫でながらグリーンさんが言う。子供扱いもいいところだ。 「よかったらシゲルの家に泊めてくれると、すっげぇ嬉しい」 「……僕の?」 「ん。まあどっかホテル探してもいいんだけどさ、ほら、一応研究者だから、俺。こっちの研究に興味あるんだよな。論文とかどこまで差異があるのかも知りたいし」 「僕は、構いませんけど、」 戸惑いながらも実験者としての責任からそう口にすれば、わあ、と声をあげてグリーンさんは喜んだ。またぐりぐりと頭を撫で回される。初対面の人に馴れ馴れしくされるのは嫌いなはずなのだが、グリーンさんにそうされるのはあんまり嫌じゃない。僕はどうにかなってしまったんだろうか。 「これからよろしく、シゲル」 「――はい。いらっしゃい、グリーンさん」 にこにこ笑う人につられて僕も小さく返事をした。短い間のことだろうけど、なんだかグリーンさんとはうまくやっていけそうだ。 |