つい先日の事である。ふと思い立ったからという理由で、グリーンはポケギアに逆パカをかました。グリーンの予想した通り、それは鈍い音を立ててばらばらと内部の基板を吐き出して、まるで血管や神経のようにコードを露出させる。ノイズの入った画面は数秒ほどして何も移さなくなったが、液晶に走る細やかな皹だけは、かつての持ち主の所業を非難しているようでもあった。 「ふむ、」 機械とはこれほど呆気なく壊れてしまうものなのかと思いながら、グリーンはその破片を拾い集め、丁寧に己のハンカチでくるみ、そっと執務机の引き出しに仕舞った。それから、返信用にと常備している便箋を手に取りその手触りを楽しみ、さらさらと擦り硝子細工の万年筆を走らせる。宛名はリーグ事務局の担当員、それから、各地のジムリーダー。パソコンの回線もばっさりと鋏で切ってしまった為に、これからの連絡はそれら以外の方法で回してくれるよう頼む文面である。グリーンが手元に残した連絡手段は辛うじて固定電話と手紙で、パソコンの機能に至ってはポケモンの預かり装置のみである。不安そうな表情で見上げてくるシャワーズの頭を一撫でして、さあ寝るかと手紙をピジョットに預け、ごろりとソファに横になった。 「静かだ」 鳴り響かないポケギアも、起動音を立てないパソコンも、何もかもが静かである。くあっ――と大きく欠伸をして、グリーンはシャワーズを抱き込んだ。ひやりとした肌に頬を擦り寄せ、目を閉じる。昼寝をするにはいい時間だった。 そして騒動は、グリーンの思わぬ展開を見せることになる。 「ちょっとグリーンなんで電話通じないのびっくりさせないでよ何事かと思っただろっていうかなんで普通に仕事してんの俺の心配返せこの野郎!」 「いきなり理不尽だな!」 がっと肩をつかまれ詰め寄られて、グリーンは背筋を仰け反らせた。怒っている。あのレッドが、本気で怒っている。ぎらぎらとした黒檀の目で睨まれて、ひゃっと小さく竦む肩は無意識の反応だった。 「も、やめてくれないかな、そういうの。ほんとに焦る」 「ぅえ、あ、悪い……? けどさ、連絡つかなくなったっつうなら三年間、俺に黙って消えたレッドの方がよっぽど」 「そんな過去は忘れました。僕はいいけど、お前はだめ」 「どんな俺様だよ」 壁際に追い詰められたグリーンの視界で、ぶらんと金具にぶらさがったジムの扉が見えた。どんな勢いで開ければあんなことになるのか知らないが、どうしたってレッドなんだから不思議はないと思う。 「何にもないならそれでいいけどさ。なんでポケギア通じないの」 「折った」 「パソコンのメールは」 「ああ、あれな。預かり機能以外の回線全部ハサミで切った」 「――グリーンってどうして時々そういう……」 ふっと視線を逸らしたレッドの吐息が耳にかかる。どうしてそこまで怒られなくてはならないのかとグリーンは不思議に感じた。ポケギアが無くなったって、パソコンが繋がらなくなったって、これといって困ったことは何もなかった。連絡はほぼジムに引いてある固定電話で用足りたし、期限が長めの用件はすべて郵送である。海の向こうにいる友人などは笑って、これで貴方に会いに行く口実ができましたねと嘯いたくらいだ。まだポケモンも持っていないのだから止めておけと宥めるのが大変だったぐらいで、何も困ることなんてなかった。強いて言うなら、普段あまり街に寄りつかない幼馴染との連絡が取りづらくなったことくらいだっただろうか。 「僕の電話にシカトかますとかいい度胸だ」 「俺が言うまでポケギア持ってなかったやつがよく言うぜ、」 「僕だからいいんだよ」 ふっと息を吐いた幼馴染が、宥めるような仕草でグリーンの額に口づけた。ゆるやかに目を細め、甘んじてその接触を受け入れる。緩慢な仕草で唇にふってきた熱に、グリーンは小さく首を竦めた。 |