俺と先生
シロガネ山には亡霊がいる。その亡霊は、この世の誰にも倒せない。――誰に教えられたのかも覚えていないが、それは確か、父が組織した「彼ら」のうちの、誰かに聞いた話だったとシルバーは思う。当時、強さばかりを追い求め、なんとか父の背中を乗り越えたいと考えていた自分に、それはまるで天啓のように聞こえたのだった。その亡霊を倒すことができれば、シルバーは確かに父の背中に近づける、そのような錯覚を抱いていたのだ。
まさかその亡霊が、生きているだなんて。露ほどにも考えずに。
「誰かと思ったら、シルバーか」
「――お久しぶりです、先生」
許可なく立ち入ることのできないシロガネ山だが、どこにだって抜け道は存在する。そのうちの一つは、今のところ彼以外にそう呼ぶ気のない、シルバーにとっての「先生」が好んで使うものだった。トージョウの滝の裏側から続く洞窟の抜け道を出れば、シロガネ山の裏側にある山小屋へとたどり着く。たまたま古巣に帰ってきていたらしい「先生」は、相変わらずちいさな体をしている。三年前のシルバーより、もう少しだけ小柄だ。
しゅんしゅん、と鳴るヤカンを手に取り、彼は小さく口元を緩めるとシルバーの分の紅茶を淹れた。
「いつ帰ってこられたんですか」
「先週かな。連れとジョウトを回ってたんだけど、途中で帰ってきた。巡り合わせがよければ、またアイツとは旅をするかもしれないな」
お前みたいに長く続くかもしれない、と揶揄され、シルバーは剃刀色の目を細めた。
「子供の遊びをいつまでもからかわないでください」
「ははっ、いきなり頂上に乗り込んできたと思ったら、腹へって動けなくなるんだからな、お前。悪いけど、あのときはさすがに唖然としたぜ」
「よく野生のポケモンに襲われなかったものだと、自分で思います」
「運が良かったんだよ。星の巡り合わせだな」
「先生は、その言葉が好きですね」
亡霊退治に乗り込んだシルバーを出迎えたのは、同じ年頃の少年。おさない顔をした彼はしかし顔に似合わない達観した価値観を持っており、嫌がったシルバーを無視して三週間ほど生活を共にした。それ以来、師弟というには少しばかり奇妙な関係が続いている。一度ふざけて先生と呼んだら、それいいな、と喜んだ彼により、呼称はそのまま定着してしまっていた。
「しかしお前また大きくなったんじゃないか。寄越せ、その身長」
「――こちらから聞きたいんですが。先生は何故伸びない?」
「そりゃ、まともな食生活も送ってなかったら成長するはずないだろ」
ふらりとどこかに行っては、また山に戻ってくる。時折、姉に顔を見せに行く。そんな生活ばかりしているらしいグリーンの悪びれない態度に、シルバーは苦笑を返した。ここに定住する気がないのに、彼は人里に下りる事も嫌うのだ。