グリーンはちいさなときから、不思議な感性の持ち主だった。ずっと学年トップの成績で、それは、勉強、というものが始まった小学校のときから変わらない光景だった。小学校のときはみんながどんぐりの背比べみたいなものだったから、そんなに気にはならなかったのだけれど。不思議だな、と思いだしたのは、中学に入ってからだ。この頃から、出来る、出来ない、の差はきっちり現れるようになって、俺だってそうだった。俺はいわゆる文系男子という奴らしく、国語や社会はすごく得意だったけど、数学と理科は全然駄目だった。英語はまあ、そこそこって感じだ。ただ語学系は勉強しててすごく楽しいから、もっと成績がよくなればいいなと思っていた。
 グリーンはいつでもトップだった。数学も社会も理科も英語も、ずっと一番だった。国語だけは俺が一番だったけれど、俺はテスト当日の気分によって成績が一番からどべに転がり落ちる事も多々あったので、やっぱり、本当の一番はグリーンだったのだと思う。
「れーっど! 実力テスト、どうだった?」
 学期毎の定期テストの結果は公表されないうちの学校だけど、その代わり、外注の模試や校内実力テストなんかの結果は上位五十人がばばーんと張り出される。今時それはない、と小学校の同級生なんかは笑うけど、だって一応進学校の私立だからこんなもんだろう。どうせ高校に上がったら外部入学組も一緒に張り出されることになるんだから、今のうちから慣れておくのが平和な学生生活のためだ。
「いつも通り。理数なんて名前も乗ってないとか笑うよね」
 皆はもう見終わっているらしく、人気のない放課後の廊下に張り出された紙。無理やり肩を組んできたグリーンにぐいぐいと体を押し付けながら、国語と社会だけは上のほうに名前のあるそれを見つめた。国語は一番、社会は十二番。英語は辛うじて四十六番にぶら下がっている。毎度のことながら、理数の名簿には影も形もない。
「ちぇ、まぁた国語はお前が一番かよー」
「グリーンはまぁた総合トップじゃん」
「そりゃ、毎日勉強してっからな」
「――嬉しくないの?」
「嬉しいけど、」
 グリーンの目は遠くを見ていた。入学したばかりの頃は、いつも過剰なくらいに喜んでいたのに。三年にもなると、グリーンは成績の結果に喜べなくなっているみたいだ。それってどうなんだろうと俺は顔を顰めたくなった。喜べばいいのに。グリーンは俺みたいな一芸特化じゃなくて、本当に努力して一番になってるんだから、素直に両手あげて大喜びすればいいんだ。――グリーンと一緒に張り合ってあげられない俺が言うのも馬鹿みたいかな。もう少し頭がよかったら、グリーンが心から喜べるように、毎回、グリーンと成績の一番争いでもなんでもしてあげられたのかな。
「……なんか、やだ」
 きょとんとこっちを見てくるグリーンの頭を、思いっきり、力を込めてぐりぐりする。
「何すんだレッドぉ! おまえっ、髪ぼさぼさになるっ……!」
「なっちゃえなっちゃえ」
「てめえもう数学のノート貸してやんねぇからな!」
「それは困る」
「だったら離せよ!」
「やだよ。僕がグリーンの分までグリーンを褒めてるんだから、大人しくしてな」
 ぴたっと、暴れるグリーンの動きが止まった。大きく見開かれたはちみつ色の目が今にも零れ落ちそうで、ハンカチ当ててやった方がいいかなと場違いな事を考えた。
「だまれ、このばかレッド」
くしゃくしゃに顔を歪めた俺の大事な幼馴染が、悪態をつきながら歯を食いしばって怖い顔を作り、俯いている。これは泣きそうなのを堪えているときだよな。知ってる。グリーンは意地っ張りだから、泣きそうなのを寸前までこらえるんだ。泣き虫のくせにね。俺はさっさとぼろぼろ泣いてすぐに泣き止む性質だから、グリーンの泣き方は心臓に悪い。
「がんばった子が褒められるのは当たり前だろ」
「うるせー」
「よしよし、グリーンは今回もよくがんばりました」
「おまえマジでむかつく、けど、」
 滅多にない、はにかんだ笑みを浮かべたグリーンがそこにいた。多分、ありがとうと言ったんだと思う。頭に突きつけていた俺の手のひらは力を失くしてぱたりと落ちた。グリーンは涙をこらえるのを止めて、一滴落ちてきた涙をぐいぐいと制服の袖口で拭っている。
「あー! よし! すっきりした! さんきゅ、レッド」
「次のテストでもぐりぐりしてあげるから期待してて」
「ははっ、総合トップとって待っててやんよ」
「なら僕もがんばろうかな。次の国語でも、目指せ、一番」
「うっせ、次こそ俺が一番だっつーの」
「やなこった。今度のテストはちゃんと勉強して受けてやる」
「普段からそのやる気出せよ!」
 声を上げてグリーンが笑う。つられて俺の頬の筋肉も動いた。うん。やっぱり、そのほうがいい。泣いたあとは笑うのがいいよね。
「次のテストで、国語、僕が一番だったらさ。グリーンがぐりぐりしてね」
「おう、任せとけ」
 でも一番は俺だからな、いや僕だよ、と、小突きあいながら昇降口へと向かう。大嫌いなテストが少しだけ好きになれた気がした。






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