グリーンは世話焼きの心配性らしい、と気づいたのは、しっかり俺が風邪をひいてからのことだった。あんな強風の中ぼんやり立っていたら当たり前ですと気にしている過ちをずっぱり告げて帰って行ったコトネの顔を思い出す。あの娘は本当に言葉を選ばないと思う。
「だからってこの差し入れはなんなの……」
 山と積まれた葱を見て溜め息を吐く。これじゃあただの嫌がらせだよコトネ。いや、間違いなく嫌がらせなのかな。ピカチュウはすっかり鼻をやられてウインディの後ろに隠れてしまっているし、キュウコンは殺気に満ちた目でさっきから俺を睨んでいる。ちなみにグリーンは最初に降参して、拝殿に逃げ込んだまま帰ってこない。それでもウインディとキュウコンを社務所に残してくれたのは風邪をひいてごほごほ言っている俺の為だ。でなければ彼を愛する神使と眷族が俺と一緒にいることを選ぶはずがない。
「……今日は葱鍋かな」
 大量に持ち込まれた葱をとりあえず食糧庫の方に収め、俺は拝殿で悶えているだろうグリーンの様子を見に行くことにした。社務所に帰らないのは、あの場に残る葱臭に耐えられないから。放置することになる三匹には非常に申し訳ないけど俺はもう無理です。
「グリーン? 入るよ」
「おー、レッドー……」
「――鼻、大丈夫?」
「これが平気なようにみえんのか」
「うん。まったく見えない」
「なら聞くな馬鹿」
 拝殿でごろごろとしているグリーンの耳は元気なく萎れている。尻尾もいつもより艶がないようだ。葱や玉葱というものは犬にとって天敵だと聞いたことがあるけれど、どうやら対狐でも相当の威力を発揮するんだな。
 グリーンの横に座り込んで、丸くなっている彼の頭をゆっくり撫でてから華奢な肩に触れた。弁解しておくとやましい思いは一切ない。いくら俺が堪え性のない人間だからって自覚してすぐに手を出すほど元気ではないし、まして相手を大事にしたいと思っているなら尚更。ここは難しい問題だからあんまり突っ込まないでほしい。要は俺がへたれなだけ。
「レッド」
「ん?」
「からだ、だいじょうぶか」
「平気だよ。少なくとも今のグリーンよりは」
「可愛くねぇの……」
 言葉とは正反対に、グリーンは安心したようにやわらかく目を細める。強風の中でぼんやりと立ちっぱなし、その上心の表層によろしくないものが憑いていたみたいでうっかり乗っ取られそうになり、それはもう見事な高熱を出して三日三晩寝込み続けていた間、この狐はずっと傍でおろおろしながら看病をし、悪いものを祓ってくれた。死ななかったのは間違いなく彼のおかげだ。
 だからこそこんな風に穏やかに微笑まれてしまうと、無茶をしたことがとてつもない罪悪感となって押し寄せてくる。痛む胸は、グリーンの髪を梳くことで誤魔化した。とろとろ、眠りに落ちそうなほど力の抜けた顔をしているグリーンとの空間がなんだかむず痒い。俺はいつからこんな純情になったんだ。
「れっど?」
 眠たそうではあるが意識のはっきりした声で、グリーンが俺を呼んだ。
「なんでもない。考え事」
「おまえ、いっつもそれだな」
「そうか?」
「うん。昔のこと、思い出すなー……」
 あいつもよくそうやって誤魔化してたような気がする、と、殊更懐かしそうに鳴らされた喉。こくんと上下するそこを俺は何度も見直して、昔とやらに思いを馳せる。長く生きているグリーンのことだから、俺の知らない誰かと俺を重ねているのだろう。
「お前と一緒の、人間でさあ」
「人間、ねえ」
「お前と一緒で、変わっててさあ」
「僕は普通だよ」
「いつもそう、言ってたんだ」
 ふにゃりとグリーンは笑み崩れた。全部兄ちゃんがいなくなる前だなあ、と、間延びした声で欠伸をしながら言う狐は、人の膝を枕にして眠り始めた。外の音を感じ取る耳も、少しも動かさずにただ眠っている。
「――……誰、その人」
 嫉妬なんかじゃない。ないけど、俺は胸騒ぎがした。兄、そして俺に似た過去の人間。それらの言葉に対して、何故かひどく、ざわざわした。








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