女の子の考えることはよくわからない、とレッドは思う。好き過ぎてどうにかなってしまいそうなほど大好きな彼の幼馴染を、世間一般のおんなのこと同じように考えてもいいものかどうか、レッドにはよくわからなかったけれど、それでも、女の子のことはよくわからないと思う。ジムリーダーで、元チャンピオンで、レッドにとっての大事な恋人で、おかしくなってしまいそうなほどに好きなひとで、こんなにたくさんのことを知っているつもりのグリーンは、やっぱりなんだかよくわからない。 例えばグリーンは、レッドが浮気をしたら許すのだという。レッドには意味がわからない。もしもグリーンが浮気をしたら、そんなことを考えるだけでじわじわと腹の底が熱くなってくるレッドにとって、許すとか許さないとか、浮気なんてそれ以前の問題なのだ。 「グリーンは何で許してくれるの」 「――お前相変わらず唐突だな、」 ジムの控室のソファで、レッドの大事な恋人はごろごろと寝転がっていた。その枕元に膝をついて、伸ばした左手でそっと目元にかかった亜麻色の髪をかき上げれば、とろりと溶けたはちみつ色の目がレッドを捉える。昔はレッドと並んであべこべに性別を間違えられていたボーイッシュな彼女は、いつの間にかとてもかわいいおんなのこになっていて、そんな風に無防備な顔をされるとどうしていいかわからなくなってしまう。寝起きのぽわっとした表情にどきどきしながら、このままおでこにキスをしたら怒られるかな、とレッドは思った。きっと怒られてジムから追い出されてしまうだろうから、指で触れるだけにした。すべすべした額の感触が気持ちいい。 「何してんの、お前。っていうか、何しに来た」 「グリーンがどうして許してくれるのか聞きに来た」 何の話だとグリーンが目を瞬かせるので、浮気の話、と口にすれば、途端に彼女のきれいな眉が寄って、ぐっと眉間に皺を作る。赤くなっている耳の先が、齧り付きたくなるくらいに美味しそうで、俺の好きな人は照れてもかわいい、レッドはそんな寝ぼけたことを真剣に思った。 「僕が浮気しても許してくれるって言っただろ、前」 「なんで眠りかけの一々を覚えてんだ馬鹿……」 耳からするすると頬にまで赤みが伝染したグリーンはふいっと横を向いてしまって、レッドに背中を向けてしまう。真っ赤に染まった耳にがぶりと噛みつきながら、ねえなんで、とレッドは繰り返した。きっかけは三日前、シロガネの山小屋にやってきたグリーンを引っ張り込んだベッドの中での会話だったのだけれど、色々な事情が重なってくたくたに疲れきってとろとろと眠りに落ちかけていたグリーンが零した小さな一言が、どうしてもレッドには気になっていた。だってよくわからないじゃないか、と思う。 もしもグリーンが浮気をしたら、レッドにとっては許すとか許さないとか、それ以前の問題なのに、どうしてグリーンは俺を許してくれるんだろう。それがよくわからないのだ。 「なんで、って、そんなこと聞きに下山したのか」 「うん。気になったし」 「気になったって、」 「僕はたぶん、怒って暴れてキレると思う」 「キレるってお前、」 「監禁したりするかも、グリーンのこと」 「するな、馬鹿」 「好きだからするんだよ。好きじゃなかったらそんなことするもんか」 ばか、おまえばか、真正のばかだとグリーンは繰り返して、レッドに嬲られ続けていた耳をぱっと手で隠してしまった。りんごよりも美味しそうな色をした頬と、潤んだはちみつ色を見ているうちに自然と綻んでくる口元を隠さず、よっこいせと爺臭い掛け声と共に、すっぽりとグリーンを覆い隠してしまうようにして、レッドはソファの上に乗り上げた。やわらかく甘い匂いのする肌を纏った首筋に鼻先を押しつけ、くんくんと犬のようにすればぎゃあぎゃあと体の下から悲鳴が上がる。 「っんの、ばか! 真っ昼間だ! 退け変態、この色情魔!」 「だって好きなんだもん」 「く、た、ば、れ! ああもう別れる! 今すぐお前なんか振ってやるー!」 「浮気は許してくれるのにくっつくのは許してくれないって、おかしくない?」 べろりと首筋をひと舐めして言えば、これはもう激怒としか表現できない顔をしたグリーンに睨まれた。そんな顔をしてもかわいい、どんな女よりも俺の恋人は世界で一番かわいい、そんなことばかり考えるレッドには糠に釘を打つようなものだと、付き合って早半年を超えるというのにグリーンはまだ理解できていない。 「お前が浮気したら、許すとか許さないとか、その前に、別れる。別れたら恋人でもなんでもないから、許す。幼馴染が浮気してようが関係ねえし」 「うん」 「でも、浮気してるって知ったら、泣く」 「泣くんだ」 「当たり前だ。泣いて、お前の写真ハサミでびりびりにしてドラム缶の中で燃やして、それから別れる」 「わあ、情熱的」 「別れた後に引きずったりしたくねえから、未練ぜんぶ燃やす」 うんそれがいいと思うよとレッドはにやにやと笑み崩れた。なんだ、グリーンだって、許すとか許さないとか、そういう話ではないんだと知ったら笑顔になって当然だった。好きだから許せない、そんな次元ではなく、グリーンのものでなくなったレッドなんていらない、彼女はつまりそういうようなことを言っているのだ。わかってよかった、とレッドはにやついた。よくわからないことがひとつ消えて、やっぱり俺の彼女はすごくかわいい、そんな当たり前のことを確認できただけで、下山した甲斐があったというものである。 |