※ヒビキとトキワのジムトレが語り手 ※ヨシノリは九割捏造です それはある日のトキワジム。私とリーダーと元セキエイ覇者、そして現セキエイ覇者が揃って午後のお茶会を楽しんでいる時のことだった。地方最強、カントー最後の砦、そう言えば聞こえはいいが、簡単に翻訳すれば、よほどのことがないと挑戦者はジムの門を叩かないということでもある。それでなくてもごく稀に現れる身の程知らずの挑戦者は、リーダーや最古参の私に辿り着く前に、門前にてヤスタカやアキエに追い払われてしまう。私やリーダーは、よほどのことがないと仕事にありつけず暇である、つまりはそういうことなのだった。 「ヨシノリさん、ちょっと不思議なんですけど、」 「なんでしょうか、ヒビキ君。俺に答えられることであれば、お答えしますが」 現セキエイ覇者であり、リーダーが殊の外気に入っている気鋭の新進トレーナーはくりくりとした目を瞬かせ、なにやら一枚の紙切れをそろって覗き込んでいるリーダーと元セキエイ覇者を見ている。真剣な様子だが、たいていはろくでもないことを考えているのだと知っている私は、年下の上司に対してちりちりとした警戒心を抱いておいた。 「ぼくとレッドさんなら、たぶん、強さは同じくらいか、ぼくがちょっと強いくらいなんだと思うんです」 「それはまた、冷静な自己分析ですね」 「勝率って確率論でしょう? ぼくとレッドさんはまだ三十七戦しかしていなくて、そのうち二十一勝十五敗一引き分けなんです。これじゃあ統計にならない気がして、」 「確かに、それでは満足な統計結果ではありませんが、君の勝負運が強いのではないかと仮定する要素には成り得えます。ちょっと強いくらい、という表現は間違ってはいないと思いますよ」 ありがとうございます、と、ヒビキは年相応にはにかんでみせた。 「それで、ですね。レッドさんってやたらめったら、強い、強いって言われていますけど、それなら、ぼくよりもよっぽど沢山バトルしているだろうグリーンさんとの勝率って、どんなもんなんだろうと。不思議になっちゃって」 「リーダーと、ですか」 「はい、グリーンさんと、です」 「それは難しい質問です」 「やっぱり難しいですか」 「なんせ、リーダーとレッド氏ですからね」 「そうですよね、マサラ組ですもんね」 「君もいずれは、ワカバ組、と呼ばれるかもしれませんね」 「冗談はやめて下さい。コトネと並んで語られたら、しにたくなります」 「まったく同じことを、おそらくリーダーとレッド氏も思っていますよ」 「飽きないのかなあ、あの人たち」 「さあ、なんせ、リーダーとレッド氏ですからね」 ぽんぽんと会話を続ける私とヒビキの視線の先で、いつの間にかリーダーとレッドは取っ組み合いの喧嘩を経て、バトルコートで自主錬に励んでいた私の同僚たちを追い出し、威風堂々、ボールを構えて相対していた。飛び出すお互いのパートナーの一撃一撃が、この間補修工事をしたばかりのジム内を容赦なく揺るがしている。ぽんぽんと会話を続けながら、私とヒビキはリーダーとレッドを追って、紅茶のカップを持ったまま、バトルコートのベンチへと出た。一撃一撃が、手に持ったカップの表面に波を作る。 「飽きないのかなあ、あの人たち。だってこれ、ぼくが知っているだけでも百と飛んで七戦目ですよ」 「そのうちの、リーダーの勝率はご存知ですか。ヒビキ君」 「はっきりとは覚えてませんけど、四十二勝五十七敗八引き分けでしたっけ」 「その通りです」 「飽きないのかなあ、あの人たち」 「一年旅で飽きなくて、三年山でも飽きなくて、まだまだ飽きないようですね」 「よくやりますね、マサラ組」 「リーダーもレッド氏も、図鑑を持っていらっしゃいますからね。あれで、リーダーもレッド氏も、お互いにバトルをする際の手持ちは、頻繁に変わっているんですよ」 「ぼくのときは、ふたりともフルメンバーですけど」 「ヒビキ君や俺は、後輩で、部下だからでしょう」 「幼馴染でライバルだから、好きなようにバトルしているんでしょうか」 「遠慮も、指導も、ジム用の調整も、ラスボス専守防衛の必要も、ありませんからね」 「うらやましいです、そういう関係」 「何百回、何千回とバトルをしていれば、いずれ君と君の幼馴染も、ああなれますよ」 「止して下さい。コトネと切磋琢磨していくなんて、くびをつりたくなります」 「まったく同じことを、リーダーとレッド氏も、きっとおっしゃるでしょうね」 「ああ、言いそうだなあ、あの人たち。飽きずに、何度でも言いそうです」 「ええ、何度でも、飽きずにおっしゃるのでしょう」 リーダーのフーディンが放ったサイコキネシスがレッドのエーフィに直撃する。いつの間にかバトルは、エスパー対エスパーの、ガチンコ殴り合い勝負になっていたのである。 「まったく積み技も、補助技も、ロマン技も使いませんね、あの人たち。殴り合いだ」 「好きに、バトルなさっていますからね」 「とってもうらやましいので、外でぼくとバトルしませんか、ヨシノリさん」 「私用の手持ちでよければ、いくらでも」 「そのあとで、ぼくは、ぼくの幼馴染に会いに行こうと思います」 「それはとてもいい考えですね、ヒビキ君」 リーダーとレッドの指示する一撃一撃が、ジムを容赦なく揺るがしている。その中で私と現セキエイ覇者の少年は顔を見合わせ、お互いにくすりと笑みを零した。 (好敵手は親友) |