滞在一ヶ月にしてそろそろ基地のメンバーにも遠慮が取れてきた頃、どうしても垣根を取り払ってくれない彼女を探しに、レッドは騎獣舎の方へと足を進めた。視察という名の元に基地に入り浸り、これといって訓練に参加することもないレッドは基本的に暇である。工場と行ったり来たりの生活は肉体的には忙しそうにも思えるが、基地内に部屋を用意してもらっている為に体を休める機会は多く、実質、仕事をしていないのに給料をもらっているようなものだ、と、思う。レポートを提出したりドッグで工種の整備に口を挟んだり、好き勝手しているというのが実情だ。
「お、少尉発見」
 のんびりと目指していた場所で、案の定レッドが気にかけている騎獣乗りのトップエースはいた。彼女のパートナーである大型のリザードンの首筋を撫で、何事かを囁いている表情は滅多にない頬笑みである。それをもう少しオレに向けてくれれば、と思わないでもないが、そもそも彼女にしてみたら天敵にも等しい身の上なのだから、贅沢な悩みだろう。
「休憩中まで熱心だね、少尉」
 背後から声をかけた途端、殺気だった気配が膨れ上がり、瞬時に霧散した。振り返った彼女は惚れ惚れするほどのポーカーフェイスである。
「お前か、回し者」
「間違っちゃいないけどもう少し言い方ってもんがさあ、」
「他に何がある。さっさと重工に戻ったらどうだ? することもなく暇なんだろう」
「工種と騎獣の有用性比較っていう重大任務任されてんだから、早々には帰れないって」
「どちらも一長一短だってことを頭の固いジジイ共に解らせろ」
「維持費とか予算ってものを考えろよ、少尉。騎獣は金かかり過ぎ」
 ふい、とそっぽを向いてしまった彼女にも当然レッドの言葉の意味は理解できているだろう。お互いにそういう社会に生きているのだし、生きた金食い虫である軍は特に予算関連ではやり玉に挙げられやすい。個々によって性能差がある騎獣を多く抱える空軍のファイターパイロットにとって、あまり触れられたくない話題に違いない。
 そういう頑ななところが可愛いんだけれども――と、本人に聞かれたら問答無用で張り倒されそうなことを、にやつく顔を手で隠しながらレッドは考えた。この頃とみに思考回路が変人と名高い従兄に似てきたのではないかと心配になる反面、グリーンが可愛いのがいけないのだと本気で思うのだからどうしようもない。
「手入れは少尉がしてんの? 管理班もいるだろ?」
「工種乗りだって、自分の航空機の点検くらいする。同じことだ」
 いや絶対にそれだけじゃないだろ、と突っ込みたい気持ちがうずうずと疼く。彼女のリザードンは、控え目に見ても毛艶はいいし口の中も綺麗で、乗り手にどれだけ大切に扱われているかがわかる程だ。空軍の中でも数少ない「ホバリングのできるリザードン」である証拠の、他の個体より大きく張り出て骨の多い翼も、丁寧にブラシをかけ油を擦りこんだ様子が伺える。リザードンの方も彼女の腕に顎を乗せ、幸せそうな顔で欠伸なんぞをしているのだから、もう。
「――この相思相愛コンビめ、」
「何か言ったか」
 怪訝そうなグリーンの問いに、何でもないよとレッドは笑いを抑えた声で応えた。そして当初の目的を果たすべく、リザードンにばかり目が行っている彼女の顔を覗き込む。
「週末に予定がないなら、一緒に夕飯でもどうですか少尉」
 返答は、予想通りの平手だったのだが。








羽翼偏在



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