※トウヤは登場しません。
※薄設定の名無しですがオリキャラが登場します。











 上品に淹れたミルクティーの色をした髪の女を前にして、占い師はカードを混ぜた。占うのは過去、そして未来。理論として学んだ占星術と勘が鋭い彼女自身の体質を元にして、女が占いに託そうとした荷物を選び、ふるいにかけていく。
 占い師の迷いのない手さばきに、感心したように客の女は声を漏らした。占うに当たっておしゃべりを禁じるほど厳格な性格ではない占い師も素直にその感嘆に応える。
「あんた、占いをして長いのか」
「そうだね、長いね。元々バアさんがやっていたんだがいつの間にか後継者指名されて武者修行の旅に出されちまった。姉さんも、トレーナーが長そうだ」
 姉さんと呼ばれた女は照れくさそうに笑って、これでもジムリーダーだったんだと言う。
「そっちは廃業しちゃったけどな。トレーナー業は、なんつーか。止めるきっかけも見つからんままきたらいつの間にか生涯の職業だよ。なるもんじゃねぇな、こんなもん」
「そりゃ占い師と一緒さね。あたしらが辞めるのは隠居するときだ」
「難儀だな、お互い」
「まぁね、それが商売だからね」
 乱雑な手つきでカードを並べ、そっと目線で女を窺う。美しい女である。はちみつを溶かしたような瞳の奥に見える理性的な光が、とても二十歳を手前にした娘とは思えない色気と落ち着きを表している。ジムリーダーであったというのも単なるホラではないと占い師は思った。この娘からは上に立つことに慣れたものの匂いがした。高慢なのではない、群衆のリーダーとして振る舞う権利と義務を背負ってきた匂いだ。多かれ少なかれ、ジムリーダーであるという人種はそういう匂いを纏っているものであると占い師は考えている。纏えない人間は、自動的にジムを辞めていく。
 けれどそれは今必要のない情報だ。女の欲している占いはそのようなものではない。
「あんた今、いい人がいるだろう」
 肌の艶、会話を交わす声、そしてカード。すべてを総合した上で占い師は断言した。
「ああ。いるよ」
 ようやく本題に入ったのかと女は笑った。その笑みも魅力的なのだから美人とは得なものだと容姿に恵まれなかった占い師は笑い返す。そして何気ない調子で伏せたカードをもう一枚めくり、おそらく女が占いたかったのだろうことを口にした。
「それを思うことは相手を見くびっていることでもあるし、同時に姉さん自身に失礼だ」
 瞬間、女がとても痛そうに顔をしかめた。因果な商売だなと口にする。
 けれどそれが何よりも女が聞きたかったことで、見つめたかったことなのだろうとわかった占い師は気にせず先を続けた。そもそも本当に向き合いたくなかった心のうちならば、女は路地裏の占い師を呼びとめたりはしなかっただろう。
「幼馴染がいるね」
「いる」
「相手とその坊主は似ているのか」
「似てる。全部じゃなくて、立場が」
「だから怖いのか」
 女はしばらく戸惑った。占い師は小さく首を振って助け舟を出す。
「怖くなくても嫌なんだろう」
「そう――だな。嫌だ。俺はそんなつもりもないし幼馴染はもっと関係ない。けど、もし相手がそういう風に俺のことを思っているなら、それは嫌だ」
「姉さんが選んだ相手だ、もっと信用してやんな。それは随分と恋人をこき下ろした見方だし、似たような奴が現れる度にそんなこと思ってちゃ、姉さんの身が持たない」
 世の中に似た奴はごまんといる。だから人は恋をする。自分自身を好きになるために恋をする。恋をしないのは元から自分が大好きな奴か、元から自分が大嫌いな奴だけだ。
 恋をしない占い師はそうであって欲しいと思っている。でなければ自分たちの存在価値がなくなってしまうではないか――と、くすくすと肩を揺らして笑った。
「社長は世界に何万人といる。労働者は何十万人といる。トレーナーは数え切れないほどいる。そんな中で、似ているだの似ていないだのと語るだけ無駄さね」
 恋が愛に変わるのは相手を好きになろうと努力したからさ、と、占い師は嘯いた。
「それにもし姉さんが相手をそう見ているならとっとと別れちまっているさぁ。女は殊にね、そういう、野郎の違いには鼻が利くもんだ」
「容赦ないこと言うなあ、あんた。それでよく占い師が務まるよ」
「客が欲しい言葉を欲しいタイミングでいうのが占い師の商売だからねえ」
 それもそうだと呟いた女が、ふっと視線を逸らす。
「俺はちゃんとあいつのこと好きなのに、俺の中の何かがそういうことを思ってるのかもしれない、って、不安になるのは止められないんだ」
 これは重症だ――と占い師は肩を震わせた。これだから占いは止められない。
「あんた、トレーナーだろう。パートナーは?」
「一番付き合いが長いのはピジョット。今は後輩にもらったイーブイと一緒にいることが多いかな」
「それなら占い師として例えてやろうじゃあないか。姉さんのイーブイがどこやかに消え去ってだな、同じような体型同じような見た目同じような仕草のイーブイを連れて来られても、前のイーブイと同じように可愛がってやれるのかい」
 女はぽかんとした。それから、腹を抱えながら声に出して笑った。
「無理! ごめん、それは無理! 比べる比べない以前に、無理!」
「そういうことさぁ。考えるだけ無駄なんだ、そういうことは。それにねえ、切っ掛けがなんだっていいじゃあないか。それで幸せならね。姉さんも恋人も幸せなんだったら、それでいいじゃないか。ねえ?」
 女は頷いた。何度も何度も頷いた。その涙に目が溜まっているのは、見ないふりをした。
 誰かと重ねて愛せるほど人は器用ではないのだ。人を愛さない占い師は、世界はそうあるべきで真実そうあるものなのだと思っている。




(青色)









天球映写機様「12色の恋のお題」より
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